第65話 三つの仕組み
65話です
光に満たされた記録室の中央で、
床に刻まれた巨大な円が脈動していた。
光が文様の線を流れていく。
生き物の血管のように――
塔の静脈のように。
ミナは胸が苦しくなるほどの緊張を覚えていた。
(ここ……
街の“心臓”みたい……)
先生は円の上に立ち、
ゆっくりと文様を読み解いている。
リオが小声で言う。
「まじで……読んでるのかよ……
これ、どう見ても文字じゃねぇだろ……」
司祭見習いは震える声で答えた。
「記録室は……
“読む者に合わせて意味を変える”のです。
だから……先生には“読める”のでしょう」
ミナの背筋に冷たいものが走った。
(記録が……
先生の“読む力”に合わせて……
形を変える……?)
そんなものが存在するのなら――
塔は最初から“読む者”を待っていたのかもしれない。
◇
光が円の中心に集まり、
縦線が呼吸するように明滅した。
先生はその中心に立ち、言った。
「ここには……
“三つの仕組み”が刻まれている」
司祭見習いは息を呑む。
「み、三つ……?」
「街を“沈黙させる”仕組み。
街を“信じ込ませる”仕組み。
そして……街を“動かす”仕組み」
ミナは震えた。
(沈黙……
信じ込ませる……
動かす……
全部……街の人にずっとあった感覚……)
先生は円の文様をなぞりながら言う。
「この円は、“支配”の図じゃない。
“統治の図”だ。
教団は支配だと思って使ってきたけれど……
本来これは“街を育てる構造”なんだ」
司祭見習いは愕然とした。
「そ、それは……
教団の教えとは矛盾します……
導くといっても、これは……
管理に近い……」
「違うよ」
先生は静かに言う。
「管理ではなく――
“方向づけ”だ」
ミナは息を飲む。
(方向づけ……?
街が……“向かう方向を決められていた”……?)
「まず、一つ目。」
先生は円の左側の文様に触れた。
すると文様が淡い青色に光る。
「“沈黙を生む仕組み”。
これは……
街の人が“声を上げにくくなる”構造だ」
リオが眉をひそめる。
「なんだよその構造……」
「人が声を上げない理由は、
恐怖や支配だけじゃない。
“慣れ”も“同調”もある。
その土台となる構造を、
最初に街へ埋め込んである」
ミナは震えた。
(沈黙は……
習慣で……
作られてた……?)
先生は続ける。
「二つ目。」
円の右側に触れる。
赤みの光が浮かんだ。
「“信じ込ませる仕組み”。
塔の教えが浸透したのは、
本当に信仰が強かったからじゃない。
“信じた方が楽になるように設計されていた”からだ」
司祭見習いは崩れ落ちるように膝をついた。
「そんな……
そんなはずは……
教えは……正しいはずで……」
「正しさの話じゃないよ。
“信じやすい構造”の話だ」
リオが吐き出すように言う。
「それじゃ……
街の人は最初から……
信じさせられてたってことかよ……」
先生は頷いた。
「でも、ここからが本題だよ」
ミナの心臓が跳ねる。
先生は円の中心――
縦線に触れた。
その瞬間、部屋全体が揺れた。
光が強まり、
塔そのものが息を飲んだように沈黙する。
「三つ目の仕組みは――」
先生は静かに言う。
「“街を動かす仕組み”。
つまり――“内政の原型”だよ」
ミナは言葉を失った。
内政。
ずっと先生が話そうとしていた概念。
でも街の人には難しすぎて、
ほとんど理解されなかった。
それがここに刻まれている。
(街を動かす……
街を……変える方法……
これが……全部……塔に……?)
先生の瞳に、
深い光が宿った。
「これを読み解けば……
街は本当に変わる。
塔でも、教団でもなく……
街自身が選ぶ未来へ」
司祭見習いは震える声で言った。
「せ、先生……
あなたは……
この記録を……どうするつもりなのですか……?」
先生は一瞬だけ沈黙した。
その沈黙は、
以前の“優しい静けさ”ではなく――
“計算の気配”を含んだ沈黙だった。
ミナはそれを敏感に感じ取った。
(先生……
いま……
“何かを決めてしまった人の沈黙”をしてる……)
先生はゆっくり振り返り、
部屋全体を見渡すように言った。
「塔は……
この記録を理解できなかった。
だから支配に使った。
でも本来これは……
街のための仕組みだ」
光が強くなる。
「なら……
僕が読み解いて、街に返すべきだ」
司祭見習いは顔を上げる。
「返す……?
誰に……?」
先生は微笑む。
だがその微笑みは――
ミナの胸に深い不安を落とした。
「街そのものに、だよ」
そして先生は言った。
「“言葉”でね」
ミナは息を呑む。
(先生……
いま……
“街を動かす気になった”……)
塔の光が脈動し、
円が静かに輝き続ける。
先生の影は――
これまでで最も長く、
最も濃かった。
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