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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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62/75

第62話 扉の前に立つ影

62話です

塔の高位司祭の宣言が落ちたあと、

広場は深い沈黙に包まれた。


風もない。

誰も喋らない。

立っているだけで、

沈黙が肌に刺さるように重い。


ミナは喉の奥がひりつくほど緊張していた。


(……先生を……

 “記録に選ばれた者”って……

 どういうこと……?)


リオが低い声でつぶやく。


「記録室に選ばれたって……

 つまり、先生が読むってことか?」


先生はすぐに答えなかった。


沈黙が沈黙を呼び、

広場の緊張はさらに濃くなる。


やがて先生はゆっくり言った。


「……まだ決まったわけじゃないよ」


しかし、

その声には“否定の強さ”がなかった。


ミナは気づく。


(否定してるのに……

 言葉に力がない……

 本当は……自分でも分かってる……?)



高位司祭は、

先生をじっと見る。


その目には敵意も見下しもない。

ただ、

“理解できないものを前にした時の、人間の本能的な目”

だけがあった。


「記録室の扉は……

 あなたが行けば、揺れるでしょう」


ミナの心臓が跳ねる。


(揺れる……?

 扉が……揺れる……?

 生き物みたいに……?)


司祭は続ける。


「記録室の扉には……

 “従う心”と“疑う心”を見分ける仕組みがある。

 疑いを持たない者は……扉の前で止められる」


リオが眉をひそめた。


「なんだそれ……

 魔法でもあんのか?」


司祭は小さく首を振る。


「魔法ではありません。

 ただの……“考えの仕組み”です」


ミナは息を呑む。


(考えの……仕組み……?

 そんなものが扉に……?)


先生は一歩前に出て言う。


「“従う心”と“疑う心”を区別するって……

 まるで……何かを選別しているようだね」


司祭は深くうなずく。


「その通りです。

 記録は……“従う者には渡せない”内容だから」


街の沈黙が揺れた。


(従ってきた私たちは……

 その記録を読めない……?

 そんなものが……塔にあったの……?)


ミナの胸が苦しくなる。


司祭は、沈黙の街を見渡しながら言う。


「あなたは……

 街に“疑いの心”を生み出してしまった」


リオが肩をすくめる。


「生み出した、って……

 それ悪いことか?」


司祭は首を振る。


「悪ではありません。

 ただ――

 支配が“終わる”というだけです」


広場の空気がひりつく。


ミナは先生の横顔を見る。


(先生……

 あなたは本当に……

 “終わらせようとしてる”の……?)



そのとき、塔の方角から鐘が鳴り響いた。


昨日まで整った音だった鐘が、

今日はわずかに狂っている。


“ぐらついている塔の音”。


広場の人々は一斉に塔を見た。


司祭が低く言う。


「強硬派が……

 扉の内側で“記録の破棄”を始めました」


ミナの身体が痺れる。


(き、記録の破棄……!?)


リオが叫ぶ。


「おい!

 そんなの許していいのかよ!?

 だったらもう……何も分かんねぇじゃねぇか!」


司祭は苦しそうに言う。


「だからこそ……

 “記録に選ばれた者”が必要なのです」


司祭は先生を見る。


「扉は……

 あなたが触れた時、

 おそらく“開くか、壊れる”」


ミナは震えた。


(壊れる……?

 扉が……?

 でも……どうして先生だけ……?)


先生は静かに言う。


「僕が行けば良い、ということ?」


司祭は深くうなずいた。


「あなたの沈黙は……

 塔の沈黙を動かしている。

 あなたが扉に触れれば……

 内部の者たちも動かざるを得ない」


リオは息を飲む。


「まじかよ……

 先生、塔を動かすのかよ……」


ミナは、先生の返事を聞くのが怖かった。


だが先生は――

迷いのない声で言った。


「分かった。

 行こう」


ミナの心臓が崩れ落ちた。


(せんせい……

 本当に行くんだ……

 記録室に……)



広場の市民たちは、

声もあげずに道を開けた。


沈黙で作られた道。

誰も指示していないのに、

自然と中央に一本の道が通る。


先生はその真ん中を歩き始めた。


リオが横でつぶやく。


「なんかよ……

 先生の後ろ姿、もう……

 街の代表みてぇだな」


ミナは胸が痛んだ。


(先生……

 あなたは……

 もう“ただの先生”じゃない……)


ミナは勇気を振り絞り、先生の袖を掴む。


「せんせい……

 もし……もし、扉が……

 先生を拒んだら……どうするの……?」


先生は微笑んだ。


しかしその微笑みには、

ほんの少しだけ“影”があった。


「拒まれたら……

 方法を考えるよ」


ミナは言葉を失う。


(“考えるよ”……

 なんでもない言葉なのに……

 今の先生から聞くと……

 とても危ない意味に聞こえる……)


先生は歩き出す。


街の沈黙が、

その後ろ姿についていく。


塔は揺れている。

記録は破棄されようとしている。

扉は選別を始めている。


そして――

先生はついに“中心”に立つ。


これはもう、

後戻りできないラインだった。


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誤字脱字はお許しください。

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