第61話 塔を見上げる沈黙
61話です
塔の告発が広場に落ちてから、
街はさらに静かになった。
歩く人の足音がやけに響く。
それは沈黙が深くなっている証だった。
ミナは広場に立ち尽くし、
塔を見上げながら震えていた。
(……塔……ずっと動かなかったのに……
今は、じっと見られて……怯えてるみたい……)
塔は黙っている。
だがその沈黙は、
昨日までの“支配の沈黙”ではない。
街に睨まれ、
追い込まれた者の沈黙だった。
◇
先生は、その沈黙の変化を
まるで“自然の流れ”のように受け止めていた。
リオがそばで聞いた。
「……先生。
塔の中……今どうなってる?」
先生は少し考えてから答える。
「強硬派が記録室に立てこもった。
内部の“疑い派”がそれを包囲している。
塔は完全に二つに割れた」
ミナが息を呑む。
(塔が……割れた……)
「でも分裂したのに、
外へ誰も説明しないの……?」
「できないからだよ」
先生は塔を見上げる。
「支配者は、“声”で街を動かしてきた。
そして今――街は“沈黙”で塔を追い詰めている」
リオが笑う。
「立場逆転ってわけか」
「そう。
だから塔は声を出せない。
出した瞬間、街の沈黙に負ける」
ミナは震える。
(沈黙で……勝つ……?
そんなこと……今までなかった……)
◇
そのとき。
広場の端に、
昨日とは違う黒衣の男が歩いてきた。
風のない空気の中、
男の衣だけが揺れている。
ミナは直感した。
(……この人……昨日の使いの人と違う……
もっと……深いところにいる……)
リオがつぶやく。
「……上層の者だな。
普通の司祭と雰囲気が違いすぎる」
男は先生の前に立つと、
まるで街中が息を止めたように静まり返った。
「……先生」
その声は、抑えた低さの中に
鋭さが潜んでいた。
僕は静かに答えた。
「何のご用ですか?」
男は一拍置いて言った。
「“塔の沈黙”が……
あなたの影響を受けている」
ミナは息を呑んだ。
(塔の……沈黙……?
そんなもの……あるの……?)
男は続ける。
「あなたは……街の“疑い”を育てている。
結果、塔の内部にも疑念が波及した」
僕は否定も肯定もしない。
男はさらに言う。
「教団は……
あなたの存在を、
“規模の大きい誤算”だと判断している」
広場の空気が冷える。
リオは拳を握った。
「おいおい……また先生に絡む気かよ」
男はリオを一瞥もせず続ける。
「しかし――
強硬派と穏健派が争っている今、
あなたを“排除”する余裕はない」
ミナが凍りつく。
(はいじょ……?
そんな言葉……はじめて聞いた……)
先生は淡々と答えた。
「僕はただ話しているだけです」
「ええ。
だからこそ問題なのです」
男の目が細くなる。
「“話すだけで揺れる街”を、
教団は恐れている」
その言葉に、
ミナの心臓は大きく跳ねた。
(先生は……
“話すだけで街を揺らす存在”……?
そんな……)
しかし男は、その先を口にしなかった。
代わりに小さく息を吐き、別の言葉を続けた。
「……あなたに伝えるべきことは一つです」
男の目が先生を貫く。
「記録室の扉は、
“外からでは開きません”」
広場がざわつく。
(外から開かない……?
じゃあ……どうやって……?)
男は静かに言った。
「“記録を読む者は、
記録に選ばれねばならない”」
その言葉の重さに、
ミナは背筋が凍った。
(なにそれ……
選ばれる……?
誰が……?)
男は一歩、先生へ近づいた。
「塔の者たちは……
“街の沈黙”が誰に向けられているか、
もう分かっている」
沈黙が広場を満たす。
男は静かに言った。
「記録がもし“開かれる”とすれば――
その人間は……すでに決まっている」
ミナは息を呑む。
(まさか……)
男は、先生の瞳をまっすぐ見て告げた。
「——あなたです、先生」
広場の沈黙が震えた。
塔の沈黙が、
街の沈黙が、
すべてひとつの中心へ向かって収束していく。
ミナはその瞬間、
胸の奥で何かが崩れ落ちるのを感じた。
(やっぱり……
街も……塔も……
“先生を中心に動いてる”……)
そしてもう一つ。
先生の影は――
また少しだけ濃くなっていた。
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