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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第58話 沈黙が形を持つ日

58話です

塔から逃げ出した司祭の叫びが、

広場の沈黙に吸い込まれていく。


街の人々は、誰も声をあげなかった。


怒りも、嘲笑も、同情もない。

ただ、沈黙だけが司祭を包んだ。


その沈黙は――逃げる司祭を責める沈黙ではなかった。

“観察している沈黙”だった。


ミナは隣で震えていた。


「せんせい……

 なんか、街の人……

 みんな、同じ空気になってる……」


リオが眉をしかめる。


「団結って感じじゃねぇけど……

 なんつーか……“ひとつの生き物”みたいな……」


「そうだね」


僕はゆっくり答えた。


「沈黙が“意思”を持ち始めた」


ミナは息を飲んだ。



広場の向こうで、

倒れた司祭が必死に立ち上がろうとしていた。


その顔には、支配者の威厳は欠片もなかった。


恐怖で歪み、

自分の足を抱きしめ、

息を荒くしながら僕を見る。


「こ、これが……

 これが……お前の仕業か……!」


僕は首を横に振る。


「違いますよ」


司祭は震える手を伸ばす。


「だ、黙れ……沈黙で返すな……

 その沈黙……! その目……!

 街が……街が……お前に……!」


ミナは、司祭の声よりも、

司祭が“僕を恐れている理由”の方が怖かった。


(先生……

 沈黙だけで司祭を追い詰めてる……

 何もしてないのに……)


リオは、逆に感心したように呟いた。


「……やべぇ……

 先生、ほんとに怖ぇな……」


僕は二人に聞こえないほど小さく息を吐いた。


(怖がらせるつもりはなかったんだけどな……)


だが、胸の奥にわずかに灯った感情があった。


“沈黙で動く街を見て、

 少しだけ、心地いいと思ってしまった自分”。


それをミナは一瞬だけ見逃さなかった。


(先生……

 今……ほんの少しだけ……

 嬉しそうだった……?)



そのとき――塔の方向から新たな騒ぎが起きた。


「塔で告発だ!!」

「司祭の一人が、教団のやり方を責めたぞ!!」

「内部で、“登録は間違いだ”と言ったらしい!」


広場がざわついた。


声は出ない。

しかし、沈黙の中に“揺れ”が生まれる。


ミナが息を詰める。


「せんせい……

 塔の中で……“告発”って……

 どういうこと?」


「内部に、疑いを持った司祭がいるということだよ」


「それって……

 教団の崩壊……?」


リオが口笛を吹く。


「内部告発なんて、普通は最後の最後だろ……?」


僕は答える。


「そうだね。

 だけど今回は“最後”じゃない。

 “始まり”なんだ」


ミナは困惑した。


「始まり……?」


「崩壊じゃない。

 “分裂の始まり”。

 塔はこれから二つに分かれる」


その言葉に、広場の空気がふるえた。



塔の階段を駆け下りてきた別の見習い司祭が、

息を切らしながら広場に現れた。


彼は逃げてきた司祭の隣に膝をつき、


「司祭さま!

 早く戻らないと……

 “反対派”が記録室を封鎖しました……!」


司祭は蒼白になる。


「あいつら……!

 塔の記録に触れるつもりか……!」


ミナがつぶやく。


「塔の……記録って……?」


「教団が街を支配してきた“根拠”だよ」


リオが顔を上げる。


「根拠って……」


「“なぜ従わせるのか”っていう理由」


ミナは震えた。


(理由……

 そんなもの、あったの……?)


司祭は僕を睨みつけた。


「お前が……!

 お前が街を揺らしたから……

 塔の中が疑いに満ちた!!

 沈黙を武器にするなど……!」


僕は答えなかった。


ただ、司祭を見つめる。


その沈黙が――

司祭の心をさらに折っていく。


司祭は叫んだ。


「黙るな!!

 その沈黙が……一番恐ろしい!!

 何を考えているッ!!」


僕はゆっくり言った。


「僕は、何もしていませんよ」


司祭は頭を抱えた。


「やめろ……

 その言葉……

 その目……

 街が……街が……!」


その瞬間、広場にいた全員が悟った。


司祭はもう――街を支配できていない。



逃げた司祭は、見習いに支えられながら塔へ戻ろうとした。


しかし、広場の沈黙が重くのしかかり、

彼は一歩も前に進めない。


街の人々は誰も道を塞いでいない。

ただ、沈黙が重すぎて司祭は歩けなかった。


(これが……沈黙の力……)


ミナは怖さと同時に、

言葉にできない感情が胸に広がった。


(先生が……

 沈黙の中心に立ってる……)



僕は広場を見渡し、

胸の奥でひとつの“確信”が育った。


(街は……動き始めた)


街はもう、

教団の言葉では動かない。


でも――

僕の言葉なら、動くだろう。


その確信が、

胸の奥で静かに膨らんだ。


ミナはその表情を見てしまった。


(……今……

 先生の横顔が……

 ほんの少しだけ……

 “支配者”みたいだった……)


でも彼女は言えなかった。


言葉にした瞬間、

何かが壊れそうで。



塔の方向で鐘が鳴る。


昨日よりも不規則で、

昨日よりも高く、

昨日よりも不安定な音。


「塔の告発」

「記録室の封鎖」

「街の沈黙」

「司祭の逃亡」


揺れはもう止まらない。


そして――

この揺れの中心に立っているのは、


街でも、教団でもない。


“僕”だ。


その事実がミナの胸に刺さり、

彼女は強く目を閉じた。


(先生……

 あなたは、どこへ行こうとしてるの……?)


街は沈黙で満たされ、

塔は崩れ始め、

意思は形を持ち始めた。


これはまだ序章にすぎない。


沈黙が街を動かし、

街が塔を揺らし、

塔が世界へ波紋を広げる。


これが――

先生がまだ知らない、

“長い物語の第一歩”だった。


────────────────────

誤字脱字はお許しください。

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