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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第57話 沈黙の下で動く影

57話です

塔から聞こえる怒号は、

朝の街に異様な反響を落としていた。


普段なら、塔は街を支配する象徴であり、

不動で、冷たく、揺れないものだった。


だが今日は違う。


塔は――ゆっくりとひび割れていた。



僕は倉庫の扉を半分開けたまま、

遠くの塔を見つめていた。


ミナが恐る恐る聞く。


「先生……

 塔の中……どうなってるの……?」


「揺れてるね。

 そして……分裂し始めた」


リオが目を細める。


「昨日、殴り合ってたって話、マジっぽいな」


僕は頷いた。


「揺れると、人は“自分を守ろう”としたり、

 “正しい側につこう”としたりする。

 意見が割れるのは当然だよ」


ミナがぽつりと呟く。


「でも……教団って……

 意見が割れないようにしてたんじゃ……」


「してたよ。

 だから“割れた”ことで、塔が崩れ始める」


ミナは息を呑む。


(塔が……壊れる……?)



倉庫の裏口から、

子どもたちが次々に入ってくる。


昨日よりも増えた。


怯えている子もいるが、

何か決定的な“知りたい”が芽生えているようだった。


僕は壁に文字を書いた。


 【うわさ】

 【しずけさ】

 【みえない て】


ミナが眉を寄せた。


「……噂と、静けさ……?

 見えない手……?」


僕はゆっくり説明する。


「街には、いま二つの流れがある。


 一つは“噂”。

 塔の争いが外へ漏れ始めて、

 人の心を揺らす力だ。


 もう一つは“静けさ”。

 誰も声にしていないけれど、

 街全体が何かを考え始めている沈黙だ」


リオが腕を組む。


「噂と静けさが……両方あるのか」


「そして“見えない手”。

 これは……まだ形になっていない意思のこと」


ミナはきょとんとした。


「意思……?」


「誰が動かしたわけでもないのに――

 街全体が、ある方向へ少しずつ流れ始めている。


 まだ誰も気づいていない“見えない手”だよ」


ミナの胸がざわついた。


(街のみんなが……

 誰にも言われてないのに……

 同じ方向に……?)



そのとき――

遠くで悲鳴が上がった。


ミナが飛び上がる。


「っ……!!」


リオが窓の外を見て怒鳴る。


「おい……!

 塔から司祭が飛び出してきた!!」


僕も外を見る。


塔の階段を転げ落ちるように走ってくる黒衣の影。

恐怖に顔をゆがめている。


周囲の市民がざわめく。


しかし――誰も近づかない。

誰も助けに行かない。

誰も声をあげない。


ただ、沈黙で見ている。


ミナは震える。


「みんな……助けないの……?」


僕は首を横に振った。


「街は、今“観察している”んだよ」


「観察……?」


「塔の内部がどうなっているのか。

 司祭がなぜ逃げてきたのか。

 誰が味方で、誰が敵なのか。


 声を出さずに、“観察して選んでいる”」


ミナは鳥肌が立つのを感じた。


(静かな街が……

 こんなにも怖い……)



司祭は息を切らし、広場に倒れ込んだ。


追ってくる影はない。


だが彼は、追われている人間の顔をしていた。


市民たちが遠巻きにする中、

僕はゆっくり近づいた。


司祭は僕を見ると、

恐怖で言葉を失った。


「……き、貴様……

 な、何をした……

 街に……塔に……何を……!」


僕は静かに答える。


「何もしていませんよ。

 言葉を話して、文字を書いただけです」


「それが……

 それだけが……

 塔を……揺らしているのか……?」


司祭の声は震えている。


僕は言葉を返さずに、ただ見つめた。


司祭は僕の沈黙に怯えた。


「……黙るな!!

 その沈黙……

 その沈黙こそが……街を狂わせて……!」


叫び声。

街中に響くほどの恐怖の声。


その瞬間、

広場中の市民が――黙って司祭を見た。


誰一人、言葉を発しない。


その沈黙は、

司祭の叫びよりも強かった。


ミナが息を飲む。


(沈黙で……司祭を追い詰めてる……?)



僕はゆっくり言った。


「沈黙は、あなたが支配していたものでは?」


司祭の瞳に恐怖が走る。


「違う……

 こんな沈黙……知らん……

 これは……反逆の沈黙だ……!」


「違いますよ」


僕は微笑んだ。


「ただの“考える沈黙”です」


司祭は膝から崩れ落ちた。


市民たちは誰も近づかない。

でも、誰も目を逸らさない。

沈黙の意思が広場を満たす。


ミナは震えながら僕を見る。


「先生……

 今の沈黙……

 街が……先生の方に寄ってる……?」


僕は答えない。


ただ、広場を満たす沈黙を見つめていた。


(この沈黙は……

 まだ誰のものでもない。

 街のものだ)


しかし――

胸の奥で微かに、

もうひとつの感情が動いた。


(でも……

 導こうと思えば、導ける)


ミナは僕の横顔を見て、

その“かすかな影”を見逃さなかった。


(先生……

 今……少しだけ……怖い顔をした……)


沈黙が街を覆い、

塔は初めて、本当に揺れ始めた。


そしてこの揺れは、

もう誰にも止められなかった。


────────────────────

誤字脱字はお許しください。

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