第55話 塔の揺らぎ
55話です
12月16日改稿
街が揺れ、沈黙が厚みを増していく。
倉庫では子どもたちが息を潜め、
外では大人たちが言葉を探している。
そしてその揺れは――
ついに、塔の内部へと染み込み始めていた。
◇
朝の鐘が鳴った。
だがその音は、昨日よりさらに不規則だった。
高音と低音が噛み合わず、
まるで鳴らす手が迷っているような響き。
ミナが小さく呟く。
「……今日も、鐘……おかしいね……」
「おかしいよ」
僕は空を見上げて言った。
「教団が“自分たちの沈黙”を失い始めている音だ」
リオが眉をひそめる。
「沈黙……失うって、どういうことだよ」
「支配する側にとっての沈黙は、
“従わせた結果”でなきゃ意味がない。
でも今は違う」
一拍置く。
「街が、沈黙を“選んでいる”。
だから、意味が裏返ってるんだ」
ミナの胸の奥が、ざわりと揺れた。
(沈黙が……
教団のものじゃなくなってきてる……?)
◇
倉庫に入ると、
昨日よりも多くの子どもたちが集まっていた。
本来なら、人数が増えるのは危険だ。
それでも彼らは来た。
怯えてではない。
「知りたい」「分かりたい」
その気持ちが、恐怖を上回ったからだ。
ミナは思わず息を呑む。
(……街の子たち……
自分で決めて、来てる……)
僕はチョークを取り、壁に三行書いた。
【なぜ こわいのか】
【なぜ だまるのか】
【なぜ ゆらぐのか】
そして、ゆっくりと言う。
「この三つが、
今、街に流れている“揺れ”の正体だ」
子どもたちの間に、かすかなざわめきが走る。
言葉の意味を、必死に掴もうとする気配。
(……聞いてる。
ちゃんと、考えようとしてる)
◇
そのとき、
倉庫の扉が勢いよく開いた。
息を切らした大人が、顔を真っ青にして立っていた。
「せ、先生……!
塔で……塔の中で……!」
「落ち着いて。
何があったんですか」
男は喉を鳴らし、震える声で続けた。
「司祭同士が……言い争ってる!
“どうやって街をまとめるか”で……
怒鳴り声が……外まで聞こえた!」
倉庫の空気が、一瞬で凍る。
塔は本来、
外に声が漏れないように作られている。
それなのに――
外まで聞こえるほどの口論。
(……ついに、来た)
「詳しく」
男は唾を飲み込む。
「奉仕登録のやり方で割れてるんだ……
“もっと強制すべきだ”って派と、
“今は様子を見るべきだ”って派で……
誰も引かねぇ!」
ミナが口元を押さえた。
「教団の……中でも……
揺れてる……?」
「うん」
僕は静かに頷いた。
「揺れは外から始まって、
必ず内側に伝わる。
これは……街が変わり始めた証拠だ」
◇
その直後、
また足音が駆け込んできた。
ミナが振り向く。
「あ……!」
現れたのは、
以前“誇り”の話をした男だった。
顔色は悪い。
だが、目だけは逃げていない。
「先生……
また来ちまった……
もう……どうすりゃいいか……」
「今日は、何がありました?」
男は息を整えながら言った。
「奉仕登録の紙が……
“新しい紙”に変わり始めてる……」
ミナが息を呑む。
「新しい……紙……?」
「そこには……
“この登録は、街を守る者としての誇りである”って……
大きく書いてある……」
リオが吐き捨てる。
「見やがったな……
先生の動きを……」
僕は、思わず笑った。
「教団は、“誇り”を奪いに来ている」
ミナが揺れる瞳で聞く。
「……奪う……?」
「そう。
誇りを“与えるもの”に変えた時点で、
それは支配の道具になる」
男が胸元を掴む。
「……俺……
誇りなんて……
考えたこともなかった……」
「誇りはね」
僕は、はっきり言った。
「誰かに言われて持つものじゃない。
自分で“持つ”と決めたときにだけ、誇りになる」
男の目に、涙が滲んだ。
「……なんか……
胸が……軽くなった……」
ミナは思った。
(先生の言葉……
本当に……人を動かす……
怖いくらい……)
◇
その夜。
塔の最上階では、
前代未聞の内部会議が続いていた。
司祭は額を押さえ、低く言う。
「街の沈黙は……
もはや恐怖ではない」
別の司祭が叫ぶ。
「だからこそ、強制が必要だ!」
「違う!!
強制すれば、沈黙は反発に変わる!」
「ではどうする!
制度を弱めるのか!?」
「弱めれば、
支配が揺らいでいると悟られる!」
怒号が飛び交う。
塔の中で初めて、
支配者たち自身の恐怖が露わになっていた。
廊下を歩く見習い司祭が、思わず呟く。
「……塔の中って……
こんなに声、漏れるものだったか……」
揺れているのは、街だけじゃない。
教団もまた――
確実に、崩れ始めていた。
◇
倉庫で。
ミナが、そっと聞いた。
「先生……
今日の街……どう見える……?」
僕は少し考えてから答えた。
「分かれ道に立っている街だ」
ミナの胸に、
小さな温かさが灯る。
(先生の言葉が……
街を……少しずつ……)
遠くで、また鐘が鳴った。
今日も、不規則な音。
(司祭……
そろそろ、気づくべきだ)
沈黙に支配されていた街は今、
ゆっくりと――
沈黙を“自分のもの”にし始めている。
誤字脱字はお許しください。




