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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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54/89

第54話 街を満たす影と光

54話です

12月16日改稿

奉仕登録の義務化が発表されて二日。

街はまだ沈黙の中にあった。


だがその沈黙は、

もう恐怖だけでできた沈黙ではなかった。


夜の冷たい空気の中に、

わずかに、ほんのわずかに――

「疑問」が混じっている。


それが街を変える最初の兆しだった。



朝、ミナとリオは倉庫の前で待っていた。


ミナは昨夜眠れなかったのか、

目の下に薄い影が落ちている。


「せんせい……今日、教団……何かすると思う?」


「何かする。

 だけど、すぐには動かない」


「なぜ……?」


僕は倉庫の扉を開けた。


「街の反応がまだ“測れない”からだよ。

 教団は街がどう揺れたか、観察している」


ミナは少し震えた。


「……私たちも、観察されてるの……?」


「もちろん」


リオは苦笑した。


「じゃあ教団と同じじゃねぇか、俺たち」


「同じじゃないよ。

 教団は沈黙を“押しつける”。

 僕は沈黙を“選ばせる”」


ミナはその言葉の違いに

胸がざわつくのを感じた。


(押しつけられる沈黙と……

 自分で選ぶ沈黙……

 こんなにも違うんだ……)



倉庫の中は薄暗かったが、

子どもたちが数人、息を潜めて座っていた。


授業というより、避難に近い。


ミナとリオが手招きすると、

彼らはさらに静かに集まった。


僕は何も言わずに壁へ向かい、

チョークでゆっくり文字を書いた。


 【おそれ】

 【うたがい】

 【かんがえる】

 【しずけさ】


ミナが小声で聞いた。


「……これ、全部……今の街にあるもの?」


「そうだよ」


「怖い……」


「怖いからこそ、考えるんだ」


ミナは震える声のまま、

でも目だけは真剣に壁を見ていた。


小さな子どもたちが、

息を止めたように静かに耳を傾けている。


僕は続ける。


「街は、今この四つの間を行ったり来たりしている。

 恐怖に落ちるか。

 疑いに沈むか。

 考える方へ進むか。

 ただ静かに見守るか。」


リオが腕を組んだ。


「先生……これ、全部“街の状態”ってこと?」


「うん。そして――」


僕は新しく線を引いた。


 【えらばされる】──【えらぶ】


「ここに向かっている」


ミナが息を飲む。


「……選ぶ……?」


「街は今、“選ぶ側”に近づきつつある。

 教団はそれを恐れている。

 だから制度を厳しくした。

 でも、街は黙って見ている」


リオが苦笑した。


「沈黙で反抗ってか。

 らしくねぇよ、この街……」


「らしくないことを始めるのが、

 変化の最初の一歩だよ」



そのときだった。


倉庫の扉が、外から激しく叩かれた。


ドン、ドン!


「っ!」


子どもたちがびくっと肩を跳ね上げ、

ミナが僕の袖を掴む。


リオは腰を落として身構えた。


僕は手で合図し、静かに扉へ向かった。


外を見ると――

そこに立っていたのは、

教団の黒衣でも巡回でもなかった。


ただのスラムの男だった。


「……先生」


彼の手は小刻みに震えている。


「どうしました?」


「……お前に……聞きたくて……」


男は声を詰まらせ、

必死に言葉を探していた。


「奉仕登録……

 やらなきゃ、ダメなのか……?

 家族守るためには……やっぱり……」


僕は静かに尋ねた。


「あなたは、登録したいんですか?」


男は首を振った。


「……したくねぇ。

 でも……

 登録しなきゃ守れねぇ気もする……」


その迷いは、

街全体に蔓延しているものだった。


僕は彼に近づき、声を低くした。


「あなたが守りたいのは何ですか?」


男は驚き、言葉に詰まった。


その沈黙が答えだった。


「家族か。

 それとも……誇りか」


「……誇りなんて……

 俺みたいな貧乏人に……」


「ありますよ。

 誰にでもある。

 ただ、口に出さないだけです」


男の目が揺れた。


「奉仕登録を“誇り”と言い始めたのは教団だ。

 でも――

 本当の誇りは、選ばされるものじゃない」


ミナが息を呑んだ。


(先生……

 また……言葉で……揺らしてる……)


男は唇を噛みしめ、

静かにうなずいた。


「……少し……考えてみる……」


「ゆっくりでいい。

 “今日決めない自由”もあります」


男は深く頭を下げ、

静かに去っていった。



扉を閉めると、

ミナがぽつりとつぶやいた。


「先生の言葉って……

 なんでみんな……泣きそうな顔になるんだろ……」


リオが笑った。


「そりゃあ、言ってることが深すぎるからだろ」


僕は首を振る。


「違うよ。

 言葉は深さじゃない。

 “相手が飲み込みやすい形にする”だけだ」


ミナは目を丸くした。


(……それは……

 優しいようで……

 少しだけ怖い……)


リオはふと窓の外に目を向けた。


「先生……あれ……」


遠くの塔の上に、

ふだんは掲げられない“白い旗”が揺れていた。


それは教団内部で

“会議が紛糾している時” にだけ出されるものだ。


塔の中が荒れている証拠。


ミナが震えた声で言う。


「先生……

 教団……本当に……揺れてるの?」


「揺れてるよ。

 街も、教団も、僕も、君たちも。

 揺れは伝染するからね」


ミナは息を呑んだ。


「じゃあ……この揺れの先には……何があるの……?」


僕は答えなかった。


答えるべき答えが、

まだ街の中に生まれていなかったからだ。


ただひとつだけ、確かなこと。


塔の上の白い旗が、

ゆっくりと静かに揺れていた。


それはまるで――

沈黙に負けつつある教団の心そのもののように見えた。


誤字脱字はお許しください。

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