第54話 街を満たす影と光
54話です
12月16日改稿
奉仕登録の義務化が発表されて二日。
街はまだ沈黙の中にあった。
だがその沈黙は、
もう恐怖だけでできた沈黙ではなかった。
夜の冷たい空気の中に、
わずかに、ほんのわずかに――
「疑問」が混じっている。
それが街を変える最初の兆しだった。
◇
朝、ミナとリオは倉庫の前で待っていた。
ミナは昨夜眠れなかったのか、
目の下に薄い影が落ちている。
「せんせい……今日、教団……何かすると思う?」
「何かする。
だけど、すぐには動かない」
「なぜ……?」
僕は倉庫の扉を開けた。
「街の反応がまだ“測れない”からだよ。
教団は街がどう揺れたか、観察している」
ミナは少し震えた。
「……私たちも、観察されてるの……?」
「もちろん」
リオは苦笑した。
「じゃあ教団と同じじゃねぇか、俺たち」
「同じじゃないよ。
教団は沈黙を“押しつける”。
僕は沈黙を“選ばせる”」
ミナはその言葉の違いに
胸がざわつくのを感じた。
(押しつけられる沈黙と……
自分で選ぶ沈黙……
こんなにも違うんだ……)
◇
倉庫の中は薄暗かったが、
子どもたちが数人、息を潜めて座っていた。
授業というより、避難に近い。
ミナとリオが手招きすると、
彼らはさらに静かに集まった。
僕は何も言わずに壁へ向かい、
チョークでゆっくり文字を書いた。
【おそれ】
【うたがい】
【かんがえる】
【しずけさ】
ミナが小声で聞いた。
「……これ、全部……今の街にあるもの?」
「そうだよ」
「怖い……」
「怖いからこそ、考えるんだ」
ミナは震える声のまま、
でも目だけは真剣に壁を見ていた。
小さな子どもたちが、
息を止めたように静かに耳を傾けている。
僕は続ける。
「街は、今この四つの間を行ったり来たりしている。
恐怖に落ちるか。
疑いに沈むか。
考える方へ進むか。
ただ静かに見守るか。」
リオが腕を組んだ。
「先生……これ、全部“街の状態”ってこと?」
「うん。そして――」
僕は新しく線を引いた。
【えらばされる】──【えらぶ】
「ここに向かっている」
ミナが息を飲む。
「……選ぶ……?」
「街は今、“選ぶ側”に近づきつつある。
教団はそれを恐れている。
だから制度を厳しくした。
でも、街は黙って見ている」
リオが苦笑した。
「沈黙で反抗ってか。
らしくねぇよ、この街……」
「らしくないことを始めるのが、
変化の最初の一歩だよ」
◇
そのときだった。
倉庫の扉が、外から激しく叩かれた。
ドン、ドン!
「っ!」
子どもたちがびくっと肩を跳ね上げ、
ミナが僕の袖を掴む。
リオは腰を落として身構えた。
僕は手で合図し、静かに扉へ向かった。
外を見ると――
そこに立っていたのは、
教団の黒衣でも巡回でもなかった。
ただのスラムの男だった。
「……先生」
彼の手は小刻みに震えている。
「どうしました?」
「……お前に……聞きたくて……」
男は声を詰まらせ、
必死に言葉を探していた。
「奉仕登録……
やらなきゃ、ダメなのか……?
家族守るためには……やっぱり……」
僕は静かに尋ねた。
「あなたは、登録したいんですか?」
男は首を振った。
「……したくねぇ。
でも……
登録しなきゃ守れねぇ気もする……」
その迷いは、
街全体に蔓延しているものだった。
僕は彼に近づき、声を低くした。
「あなたが守りたいのは何ですか?」
男は驚き、言葉に詰まった。
その沈黙が答えだった。
「家族か。
それとも……誇りか」
「……誇りなんて……
俺みたいな貧乏人に……」
「ありますよ。
誰にでもある。
ただ、口に出さないだけです」
男の目が揺れた。
「奉仕登録を“誇り”と言い始めたのは教団だ。
でも――
本当の誇りは、選ばされるものじゃない」
ミナが息を呑んだ。
(先生……
また……言葉で……揺らしてる……)
男は唇を噛みしめ、
静かにうなずいた。
「……少し……考えてみる……」
「ゆっくりでいい。
“今日決めない自由”もあります」
男は深く頭を下げ、
静かに去っていった。
◇
扉を閉めると、
ミナがぽつりとつぶやいた。
「先生の言葉って……
なんでみんな……泣きそうな顔になるんだろ……」
リオが笑った。
「そりゃあ、言ってることが深すぎるからだろ」
僕は首を振る。
「違うよ。
言葉は深さじゃない。
“相手が飲み込みやすい形にする”だけだ」
ミナは目を丸くした。
(……それは……
優しいようで……
少しだけ怖い……)
リオはふと窓の外に目を向けた。
「先生……あれ……」
遠くの塔の上に、
ふだんは掲げられない“白い旗”が揺れていた。
それは教団内部で
“会議が紛糾している時” にだけ出されるものだ。
塔の中が荒れている証拠。
ミナが震えた声で言う。
「先生……
教団……本当に……揺れてるの?」
「揺れてるよ。
街も、教団も、僕も、君たちも。
揺れは伝染するからね」
ミナは息を呑んだ。
「じゃあ……この揺れの先には……何があるの……?」
僕は答えなかった。
答えるべき答えが、
まだ街の中に生まれていなかったからだ。
ただひとつだけ、確かなこと。
塔の上の白い旗が、
ゆっくりと静かに揺れていた。
それはまるで――
沈黙に負けつつある教団の心そのもののように見えた。
誤字脱字はお許しください。




