第52話 街を覆う沈黙
52話です。
12月16日改稿
奉仕登録の義務化が宣言されてから、一夜が明けた。
翌朝のスラムは、
「静か」という言葉では足りなかった。
まるで――
街そのものが息を止めているような圧迫感。
井戸へ向かう人々は、ほとんど口を開かない。
いつもなら子どもたちの声が弾む通りにも、
今日は、足音だけが擦れるように流れていた。
(……沈黙が、増えている)
昨日、僕が仕掛けた“沈黙の転換”は、
想像以上の速度で街に染み込んでいた。
恐怖から生まれた沈黙ではない。
考えるための沈黙だ。
教団が、最も扱いづらい沈黙。
◇
倉庫に着くと、
ミナが薄暗い表情で立っていた。
「先生……今日、なんだか変だよ。
怖い沈黙じゃなくて……
息が詰まるみたいな沈黙……」
「うん。
街の人たちは今、迷っている」
「迷って……?」
背後から、リオが歩いてきて、低く言った。
「迷ってるっていうより……
考えてる、って感じがした」
僕は頷いた。
「その通りだ。
昨日の沈黙は恐怖だった。
でも今日は違う」
ミナの目を見て、言葉を置く。
「決める前の沈黙だ」
ミナは小さく息を呑んだ。
(街の人が……
誰かに言われたんじゃなく……
自分で、決めようとしてる……?)
◇
倉庫に入り、扉を閉める。
昨日より、空気が重い。
僕はチョークを取り、床に円を描いた。
「この円が街。
外側が教団。
内側が市民だ」
ミナが覗き込む。
「……これが……街……?」
「そう」
僕は円の中心に、小さな点を打った。
「そして、これが“意思”だ」
リオが眉をひそめる。
「街全体の……意思?」
「人の意思は、本来バラバラだ。
でも揺れが続くと、
人は“中心”を探し始める」
チョークの点を指す。
「今、街の人たちは――
この点を、作ろうとしている」
ミナの喉が鳴った。
(街が……
自分たちで……
意思を持とうとしてる……)
◇
そのときだった。
倉庫の外から、怒鳴り声が響いた。
「なんでだよ!!
なんで、うちが狙われるんだ!!」
「うるせぇ!
登録しねぇやつが悪いんだろ!!」
ミナの肩が震える。
「また……」
僕たちは急いで外へ出た。
路地では、
二人の大人が胸ぐらを掴み合っていた。
周囲には怯えた子どもたち。
大人たちも、距離を取って見守るだけ。
(……分断が、ここまで来たか)
登録すれば安全。
拒否すれば敵。
だが――
どちらを選んでも、不安が消えないように作られている。
ミナが叫んだ。
「やめて!!
そんなことで争わないで!!」
届かない。
リオが歯を食いしばる。
「先生……止めねぇと……!」
「止める」
僕は二人の間に入り、手を広げた。
「やめなさい」
二人は、僕を見ると動きを止めた。
「先生……!
登録しなきゃ、家族が狙われるんだぞ!!」
「庇ったら、俺まで識別される!!」
僕は静かに言った。
「あなたたちは、狙われていません」
二人が固まる。
「……え?」
「狙われているのは――
あなたたちの迷いです」
周囲の空気が、止まった。
僕は続ける。
「登録しても不安。
拒否しても不安。
その不安を、教団は利用している」
二人の呼吸が浅くなる。
「あなたたちは、
お互いを責めているようで――
本当は、制度に責められているだけです」
二人の目に、衝撃が走った。
「……俺たちは……
教団に……揺らされてる……?」
「そう」
僕は頷いた。
「今、あなたたちは
“制度の揺れ”の中で戦わされている」
ミナが、そっと尋ねた。
「せんせい……
揺らしてるのは……教団の制度……?」
「違うよ」
僕は、はっきり言った。
「揺らしているのは、沈黙だ」
沈黙は、恐怖で縛られる。
だが、沈黙が意思を持ったとき――
制度は、形を保てなくなる。
◇
その瞬間。
塔の方角から、
神経質な鐘の音が鳴り響いた。
いつもの鐘じゃない。
乱れている。
震えている。
リオが顔を上げる。
「先生……
あの鐘……おかしくねぇか……?」
「うん」
僕は、塔を見た。
「教団が“街を見失っている”音だ」
鐘は、止まらない。
司祭は焦っている。
沈黙に、負け始めている。
ミナが、不安そうに聞いた。
「先生……
この先……どうなるの……?
街……壊れちゃう……?」
僕は、ゆっくり首を振る。
「壊れない。
揺れているだけだ」
「……ほんと……?」
「本当だよ」
一拍、置いて続ける。
「街は壊れない。
でも――」
ミナの目を見て、言った。
「“誰か”は壊れる」
ミナの瞳が揺れた。
「……先生……?」
僕は答えず、塔の方を見続けた。
(司祭……
あなたの沈黙は、今日で終わる)
街の沈黙と、
教団の焦りが、確かに交差した瞬間だった。
誤字脱字はお許しください。




