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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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52/93

第52話 街を覆う沈黙

52話です。

12月16日改稿

奉仕登録の義務化が宣言されてから、一夜が明けた。


翌朝のスラムは、

「静か」という言葉では足りなかった。


まるで――

街そのものが息を止めているような圧迫感。


井戸へ向かう人々は、ほとんど口を開かない。

いつもなら子どもたちの声が弾む通りにも、

今日は、足音だけが擦れるように流れていた。


(……沈黙が、増えている)


昨日、僕が仕掛けた“沈黙の転換”は、

想像以上の速度で街に染み込んでいた。


恐怖から生まれた沈黙ではない。

考えるための沈黙だ。


教団が、最も扱いづらい沈黙。



倉庫に着くと、

ミナが薄暗い表情で立っていた。


「先生……今日、なんだか変だよ。

 怖い沈黙じゃなくて……

 息が詰まるみたいな沈黙……」


「うん。

 街の人たちは今、迷っている」


「迷って……?」


背後から、リオが歩いてきて、低く言った。


「迷ってるっていうより……

 考えてる、って感じがした」


僕は頷いた。


「その通りだ。

 昨日の沈黙は恐怖だった。

 でも今日は違う」


ミナの目を見て、言葉を置く。


「決める前の沈黙だ」


ミナは小さく息を呑んだ。


(街の人が……

 誰かに言われたんじゃなく……

 自分で、決めようとしてる……?)



倉庫に入り、扉を閉める。


昨日より、空気が重い。


僕はチョークを取り、床に円を描いた。


「この円が街。

 外側が教団。

 内側が市民だ」


ミナが覗き込む。


「……これが……街……?」


「そう」


僕は円の中心に、小さな点を打った。


「そして、これが“意思”だ」


リオが眉をひそめる。


「街全体の……意思?」


「人の意思は、本来バラバラだ。

 でも揺れが続くと、

 人は“中心”を探し始める」


チョークの点を指す。


「今、街の人たちは――

 この点を、作ろうとしている」


ミナの喉が鳴った。


(街が……

 自分たちで……

 意思を持とうとしてる……)



そのときだった。


倉庫の外から、怒鳴り声が響いた。


「なんでだよ!!

 なんで、うちが狙われるんだ!!」


「うるせぇ!

 登録しねぇやつが悪いんだろ!!」


ミナの肩が震える。


「また……」


僕たちは急いで外へ出た。


路地では、

二人の大人が胸ぐらを掴み合っていた。


周囲には怯えた子どもたち。

大人たちも、距離を取って見守るだけ。


(……分断が、ここまで来たか)


登録すれば安全。

拒否すれば敵。


だが――

どちらを選んでも、不安が消えないように作られている。


ミナが叫んだ。


「やめて!!

 そんなことで争わないで!!」


届かない。


リオが歯を食いしばる。


「先生……止めねぇと……!」


「止める」


僕は二人の間に入り、手を広げた。


「やめなさい」


二人は、僕を見ると動きを止めた。


「先生……!

 登録しなきゃ、家族が狙われるんだぞ!!」


「庇ったら、俺まで識別される!!」


僕は静かに言った。


「あなたたちは、狙われていません」


二人が固まる。


「……え?」


「狙われているのは――

 あなたたちの迷いです」


周囲の空気が、止まった。


僕は続ける。


「登録しても不安。

 拒否しても不安。

 その不安を、教団は利用している」


二人の呼吸が浅くなる。


「あなたたちは、

 お互いを責めているようで――

 本当は、制度に責められているだけです」


二人の目に、衝撃が走った。


「……俺たちは……

 教団に……揺らされてる……?」


「そう」


僕は頷いた。


「今、あなたたちは

 “制度の揺れ”の中で戦わされている」


ミナが、そっと尋ねた。


「せんせい……

 揺らしてるのは……教団の制度……?」


「違うよ」


僕は、はっきり言った。


「揺らしているのは、沈黙だ」


沈黙は、恐怖で縛られる。

だが、沈黙が意思を持ったとき――

制度は、形を保てなくなる。



その瞬間。


塔の方角から、

神経質な鐘の音が鳴り響いた。


いつもの鐘じゃない。


乱れている。

震えている。


リオが顔を上げる。


「先生……

 あの鐘……おかしくねぇか……?」


「うん」


僕は、塔を見た。


「教団が“街を見失っている”音だ」


鐘は、止まらない。


司祭は焦っている。

沈黙に、負け始めている。


ミナが、不安そうに聞いた。


「先生……

 この先……どうなるの……?

 街……壊れちゃう……?」


僕は、ゆっくり首を振る。


「壊れない。

 揺れているだけだ」


「……ほんと……?」


「本当だよ」


一拍、置いて続ける。


「街は壊れない。

 でも――」


ミナの目を見て、言った。


「“誰か”は壊れる」


ミナの瞳が揺れた。


「……先生……?」


僕は答えず、塔の方を見続けた。


(司祭……

 あなたの沈黙は、今日で終わる)


街の沈黙と、

教団の焦りが、確かに交差した瞬間だった。

誤字脱字はお許しください。

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