第51話 揺れの翌日
51話です。
12月16日改稿
沈黙の反撃を仕掛けた翌朝。
街は、奇妙な空気に包まれていた。
昨日までの怯えとも、
怒りとも違う。
それは――
様子を見ている沈黙だった。
人々は奉仕登録の紙を手にしている。
だが、誰一人として提出に向かわない。
井戸の列では視線だけが動き、
言葉は交わされない。
(いい……)
僕は、街の変化を確かに感じ取っていた。
(沈黙が“恐怖”から“判断保留”に変わっている)
沈黙は、もう支配の結果ではない。
思考の結果になりつつあった。
ミナが小さな声で言う。
「……先生
街の人の顔……違うよね」
「うん。昨日は怯えていた。
今日は“考えている顔”だ」
リオが鼻で笑った。
「教団……
今頃、やりづらくて仕方ねぇだろうな」
◇
その“やりづらさ”は、
午前中にはっきり形になった。
広場に黒衣の見回りが現れ、
いつもより大きな声で叫んだ。
「奉仕登録の提出期限は――本日中だ!!
提出しない者は――」
そこで、言葉が止まった。
理由は単純だった。
誰も反応しなかった。
怒号もない。
逃げる気配もない。
抗議すらない。
あるのは、
見回りを静かに見つめる視線だけ。
観察する沈黙。
見回りの喉が、わずかに鳴った。
「……き、今日中だからな……!」
それ以上、何も言えず、
彼らは足早に去っていった。
リオが低く呟く。
「……沈黙に、負けてるな」
「そうだね」
僕は頷いた。
「人は叫び声に怯える。
でも沈黙には“意味”を読み取ろうとする」
ミナが、僕を見つめていた。
(……先生
本当に“沈黙”で街を揺らしてる……)
◇
その頃、教団の塔では
怒りが形を失っていた。
「なぜ登録が進まない!」
「昨日より静かになっているぞ!」
「街の空気が変わっている!」
司祭は机を叩いた。
「沈黙……沈黙……!
なぜ沈黙が秩序を壊す!!」
使いの者が、恐る恐る答える。
「皆……従っているようで……
判断を……保留しているようです……」
「判断保留だと!?」
司祭の声が跳ね上がる。
「それは反乱の前兆だ!
見張れ! 全員を見張れ!!」
だが、その命令は
焦りの裏返しでしかなかった。
(沈黙に飲まれているのは……
君たちのほうだよ、司祭)
◇
夕方。
ミナとリオと共に街を歩いていると、
一人の中年の男に呼び止められた。
「……先生」
声は震えていた。
だが、それは恐怖ではない。
迷いの震えだった。
「俺は……どうすりゃいい……
登録すれば守られるのか……
しなければ……狙われるのか……」
その目は、逃げていなかった。
街の揺れが、
人に“考える場所”を与え始めている。
僕は静かに答えた。
「どちらを選んでも、後悔する可能性はあります」
男は息を呑む。
「……じゃあ……俺たちは……」
「“決めない”ことも、選択です」
男は驚いた顔で僕を見る。
僕は続けた。
「今日の沈黙は、教団の命令じゃない。
あなたたち自身が選んだ沈黙です」
ミナが小さく呟く。
「……街そのものが……
考え始めてる……」
男は、ゆっくりと頷いた。
「……あんたの言葉は、不思議だな。
怖いのに……逃げたくならねぇ」
「変でいいんです」
僕は微笑んだ。
「変じゃなければ、
教団の言葉と区別がつきませんから」
男は小さく笑い、
人波の中へ消えていった。
リオが肩をすくめる。
「先生……
もう“普通の先生”じゃねぇだろ」
「普通だよ。
ただ――
沈黙の使い方を知ってるだけさ」
そのとき、
塔の鐘が鳴った。
沈黙の中で鳴る鐘は、
今までとは違う響きを持っていた。
街はまだ動かない。
だが――
確実に、揺れ始めていた。
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