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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第50話 沈黙の裂け目

50話です。

12月16日改稿

奉仕登録が義務になる――

その宣告は、街の上に重く覆いかぶさった。


翌朝、スラムを歩く人々の足取りは、昨日よりも遅い。

井戸へ向かう列では、誰も顔を上げない。

会話は途切れ、視線だけが地面をなぞっていた。


だが、それは昨日までの“怯え”とは違っていた。


(……これは諦めじゃない)

(溜め込まれたまま、行き場を失っている)


崩れそうで、まだ崩れない沈黙。

それは、街が大きく揺れる直前の静けさだった。



倉庫に着くと、ミナとリオが待っていた。

二人とも、顔色が悪い。


「先生……

 今日、街の空気……苦しい……」


ミナは胸を押さえながら言った。


「うちの親もさ……

 朝から登録紙を握ったまま、何も言わねぇ……」


声に、怒りも恐怖も混じっている。


昨日までの出来事は、

子どもたちにも十分すぎるほどの重さだった。


僕は倉庫の扉を閉め、チョークを一本取り出した。


「今日は授業はしない」


ミナが目を見開く。


「え……?

 じゃあ……何をするの……?」


「準備をする」


リオが顔を上げた。


「準備……?」


僕は壁に、短い一本の横線を引いた。


それだけだった。


ミナが首を傾げる。


「……なに、これ……?」


「沈黙だ」


二人が同時に固まる。


「沈黙……?」


「うん。

 教団が今まで一番使ってきた道具だ」


リオが眉を寄せる。


「それを……どうすんだよ」


「意味を変える」


ミナは理解できず、戸惑った表情を浮かべた。


「意味……?」


僕は線の下に、小さな点をいくつか描いた。


「街の沈黙は、今まで“恐怖”の結果だった。

 だから教団は、それを“従順”だと判断してきた」


二人は黙って聞いている。


「でも同じ沈黙でも、

 理由が“恐怖”じゃなく見えたら――

 話は変わる」


リオが小さく息を吸った。


「……考えてる沈黙、ってことか」


「そう」


僕は頷いた。


「沈黙が“判断待ち”“様子見”“不信”に見えた瞬間、

 教団は次の一手を打てなくなる」


ミナがゆっくり言う。


「……街が、逆らう準備をしてるって……

 思わせる……?」


「正確には、

 逆らうかどうか判断できない状態を作る」


街は、まだ動けない。

だが、管理できない状態にはできる。


それだけで、支配は揺らぐ。



倉庫を出ると、広場で数人の大人が言い争っていた。


「もう登録する……疲れた……」

「でも、それで本当に安全になるのか……?」


二人とも、目に余裕がなかった。


ミナが小声で言う。


「先生……

 助けなくていいの……?」


「助けるよ」


「でも……何もしてない……」


「何もしないように見えることが、今は一番効く」


僕は広場へ歩み寄った。


「どうしました?」


声を張り上げたわけではない。

だが、不思議と人の視線が集まる。


男の一人が、力なく言った。


「先生……

 登録しなきゃ危ない……

 でも、したら……何かを失う気がして……」


僕はすぐに答えなかった。


そして、こう尋ねた。


「どちらが正しいと思います?」


二人は言葉に詰まった。


「……正解は、ありません」


僕は静かに続ける。


「問題は、

 その選択を、あなたたちが本当に選んでいるかどうかです」


周囲が、しん……と静まり返る。


「選ばされているうちは、

 登録してもしなくても、自由じゃない」


誰かが息を呑む音がした。


「だから、今日は決めなくていい」


ざわめきが起きる。


僕は声を荒げず、続けた。


「教団は、

 “決断”と“分断”を待っています。

 でも――

 判断を保留され続ける沈黙は、一番困る」


リオが小声で呟く。


「……判断不能にする気か……」


「そう」


僕は一度だけ頷いた。


「今日、街が沈黙を保てば、

 教団は誰を処分すべきか分からなくなる」


広場の空気が、わずかに変わった。


恐怖だけだった沈黙が、

ゆっくりと“考える沈黙”に変質していく。


諦めでも、服従でもない。


様子を見る沈黙

測る沈黙

揺れる前の沈黙


教団が、最も嫌う沈黙。


僕はミナとリオに、ほんの少しだけ頷いた。


「今日の揺れは、ここからだ」



その夜。


教団の塔では、慌ただしい足音が響いていた。


司祭は報告を聞き、苛立ちを隠せずに言った。


「……なぜだ」

「なぜ登録が進まない」

「なぜ、街が“静かすぎる”……」


沈黙は、支配の証ではなくなった。


それは――

先生が街に仕掛けた、

最初の反撃だった。


誤字脱字はお許しください。

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