第5話 見回りと、殴る大人と、止める言葉
5話目まで書いてみました。
12月11日改稿
三日目の授業は、途中で中断された。
「おい。そこで何集まってんだ」
低く、荒れた声。
振り返ると、革のベルトを腰に巻いた男が二人、路地の入口に立っていた。
制服ではないが、町が雇っている見回りだとすぐにわかる。
リオが小さく舌打ちした。
「……見回りだ」
男たちは大股で近づいてきた。
一人が、列の一番前にいた子どもを乱暴に掴む。
「お前ら、仕事は?」
「……今日は終わった」
「だったら寝とけ。
ガキが頭使ったってロクなことにならねぇ」
そう吐き捨て、男は僕を睨んだ。
「お前が噂の“先生”か」
「そう呼ばれているようです」
「教会の連中が言ってたぞ。
“子どもに余計な知恵つけてる奴がいる”ってな」
(もう教会から見回りへ情報が流れたか……。早い)
「字と計算と、考え方を少し教えているだけですよ」
「その“少し”が一番タチ悪ぃんだよ」
男はリオの頭を小突いた。
冗談に見える力ではなかった。
「お前な。
昨日、“なんでだよ”って言い返したんだとよ。親父が怒ってたぞ」
「あ……」
リオの肩がわずかに震える。
「“黙って従え”ってときは黙って従うもんだ。
それができねぇガキは――」
男の手が、本気で振り上がった。
パシン、と乾いた音が路地に鳴り響く。
リオの頬が燃えるように赤く腫れた。
ミナがぎゅっと身体を縮める。
僕は立ち上がった。
「やめてください」
男の視線が、ゆっくりと僕へ向く。
「……なんだと?」
「殴っても、“考えるのをやめさせる”ことはできません」
男の眉がつり上がる。
「できるさ。
痛い目見りゃ黙る」
「黙るのは、“怖がっている間”だけです」
僕は敢えて、一歩も引かずに言った。
「恐れが薄れたら、また“なんで”が出てくる。
そのたびに殴れば……
その子は“黙る子”じゃなく、“壊れた大人”になります」
一瞬、男の目が揺れた。
その揺れは、“怒り”ではなく“理解しそうになった迷い”に近い。
僕は続けた。
「壊れた大人が増えたら、誰が街の仕事を回すんです?」
路地で酒に溺れる者。
小競り合いを起こす若者たち。
刃物を持ち出す連中。
見回りは、そういう“問題の処理”を日常的に背負っている。
「あなたたちが大変なのは、僕にもわかります。
でも、その元は……
“殴られて育った子たちの十年後”なんですよ」
男の表情に、疲れの色が滲む。
後ろの相棒が小声で言った。
「おい、やめとけ。
こいつ、口が立つ。深入りすると面倒なタイプだ」
「……ちっ」
男は舌打ちし、最後に子どもたちへ吐き捨てる。
「いいかガキども。
この男の話はほどほどに聞いとけ。
頭ばっか使ってると、ろくなことにならねぇ」
そう言って見回りたちは去っていった。
◇
しばらく、誰も声を出さなかった。
やがてリオが、頬を押さえながらぼそっと言う。
「……ありがと」
「痛いか?」
「当たり前だろ……」
「それは君が殴られたからで、僕に礼を言う理由にはならないよ」
「……うっせ」
強がりだ。
でも、いまのやりとりが“ただの暴力”で終わらなかったのは確かだった。
ミナが、おそるおそる聞く。
「先生……ほんとに大丈夫なの?
ああいう人たち、怒らせて」
「怒らせたつもりはないよ。
“別の考え方”を見せただけだ」
「同じじゃない……?」
「かもしれないね」
僕は苦笑した。
本音を言えば、危ない橋だ。
だが――
(ここで黙って見ていたら、僕が“先生”を名乗った意味がなくなる)
「今日の授業はここまで。
続きはまた明日」
「え、続きやんの?」
「リオの頬が落ち着いてからね」
「……明日も来るってことじゃねぇか」
「もちろん」
その言葉は、子どもたちに向けたものだったが、
同時に――自分自身への確認でもあった。
この街はただ貧しいだけじゃない。
教会。
見回り。
家庭。
すべてが「黙れ」という方向でそろっている。
その流れの中で、声を上げるのは簡単ではない。
それでも――僕は続ける。
そう決めた。
誤字脱字はお許しください。




