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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第49話 制度の影

49話です。

12月16日改稿

奉仕登録の紙が貼られてから、数時間。


街は、昨日とはまったく別の静けさに包まれていた。


昨日の静けさは、恐怖だった。

だが今日の静けさは――

選択を迫られる沈黙だった。


井戸の前では、大人たちが紙片を握りしめている。

奉仕登録の書類だ。


「……うちも、登録したほうがいいのか……」

「拒否したら、識別になるんだろ……?」

「でも……従ったら、一生、教団の言いなりだ……」


誰もが迷っている。

そして、教団はその“迷い”そのものを狙っていた。


ミナが、不安そうに僕を見上げる。


「先生……

 これ……どうなるの……?

 みんな……すごく、怖がってる……」


「恐怖そのものが悪いわけじゃないよ」


僕は静かに答えた。


「問題は――

 その恐怖を、誰が利用するかだ」


リオが眉をひそめる。


「利用……?」


「うん。

 制度っていうのはね、

 人の“迷い”を材料にして広がる」


僕は、広場の貼り紙を見上げた。


奉仕登録。

強制ではない。

だが、登録しない者は“沈黙拒否者”。


人は、自由に見える選択肢の前で、

一番不自由になる。


(司祭……やっぱり、急ぎすぎた)


街の人々は、まだ完全には従う準備ができていない。

そこへ制度をねじ込めば――

必ず“過剰な反応”が生まれる。


その過剰反応こそが、揺れの源だ。



やがて、通りの向こうから揉める声が聞こえてきた。


「お前んとこは、登録するのか!?」

「するに決まってるだろ! 子どもがいるんだぞ!」

「じゃあ……うちは……どうすればいいんだ……!」


大人たちの声は、昨日よりも鋭く、刺々しかった。


ミナが、恐る恐る聞いてくる。


「先生……

 登録しないって言ったら……

 その家族が狙われるって……本当……?」


「本当だよ」


ミナの肩が跳ねる。


「……でもね」


僕は続けた。


「登録しても、狙われる」


「え……?」


ミナは言葉を失った。


「制度の目的は、“秩序”じゃない。

 支配が成立しているかの確認だ」


リオが、ぽつりと呟く。


「……先生……

 最近、言ってること……

 だいぶ怖くなってねぇか……?」


「怖いほうが、よく見えるからね」


二人は、それ以上何も言えなかった。



倉庫に戻り、

机代わりの木箱に奉仕登録の紙を置いた。


「ねえ」


僕は二人に尋ねた。


「これを見て、どう思う?」


ミナはしばらく黙り、やがて口を開いた。


「……わざと、だと思う」

「誰かを選ばせて……

 その選んだ人を使って……

 街をまとめようとしてる」


リオが目を丸くする。


「ミナ……

 お前、そんなこと考えられるようになったのか……?」


ミナは少し照れたように視線を落とす。


「先生の授業で……

 考えるのが……

 ちょっと、好きになっただけ……」


僕は、はっきりとうなずいた。


「正解だ。

 制度は、分断を利用して支配を強める」


ミナの表情が引き締まる。


「じゃあ……先生は……

 その分断を……止めたいの?」


「違う」


僕は首を振った。


「分断を、必要以上に広げないようにするだけ」


リオが、驚いたように言う。


「なんで、止めねぇんだよ?」


「止めたら、教団の独壇場になる」


二人が、息を呑む。


僕は倉庫の壁に、チョークで一本の線を引いた。


「街は今、この線の上にいる」

「右に倒れれば、教団の完全支配」

「左に倒れれば、街の暴発」


ミナが、静かに聞いた。


「先生は……

 どっちに倒したいの……?」


「どっちでもない」


僕は答える。


「倒れないように、揺らす」


リオが、呆れたように笑った。


「……やっぱり悪役だよな、先生」


僕は、ほんの少し微笑んだ。


「悪役じゃないよ。

 ただ――

 街にとっては、“味方に見えない味方”かもしれないけどね」



そのとき、倉庫の外から怒鳴り声が響いた。


「ふざけんな! 俺は登録しねぇぞ!!」

「バカ言うな! 登録しなきゃ家族が……!」


二人が飛び出し、僕も続く。


路地では、二人の大人が殴り合っていた。

周囲には、怯えきった子どもたち。


「やめてください!」


ミナが叫ぶ。

だが、誰も止まらない。


奉仕登録は、

すでに街の人間同士を敵にしていた。


(……これが、制度の本当の狙いか)


僕は二人の間に割って入り、手を広げた。


「やめなさい」


殴り合っていた二人は、

僕を見て、動きを止めた。


「先生……!

 あんたが言ったんだろ!

 街は変わるって……!」


「違う」


僕は、はっきりと言った。


「変わるのは街だ。

 あなたたちを苦しめるためじゃない」


二人は、荒い息をつきながら、ゆっくり離れた。


ミナが、震える声で言う。


「先生……

 街が……壊れそう……」


「違うよ」


僕は倉庫へ戻りながら答えた。


「街は壊れない。

 壊れるのは――

 教団が作ってきた沈黙だ」


ミナとリオは、互いに顔を見合わせた。


その瞬間――

街の上空に、黒衣の影が現れた。


教団の塔。

その上から、司祭直属の使者が街を見下ろす。


そして、冷たい声で宣告した。


「――明日より、奉仕登録は義務とする」


広場に、ざわめきが走った。


(……司祭)

(本当に、焦りすぎだ)


僕は、静かに目を閉じた。


街が変わる音が――

確かに、聞こえていた。


誤字脱字はお許しください。

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