第46話 三日目・決断の朝
46話です
12月16日改稿
三日目の朝は、
これまでで最も静かだった。
鳥の声も、
井戸から水を汲む音も、
すべてが一段、低く沈んで聞こえる。
音が消えたのではない。
街そのものが、身を縮めている。
ミナは朝から、僕の家の前に立っていた。
目の下には、はっきりとした隈が浮かんでいる。
「先生……
今日は、何かが起きるよね……?」
「起きるよ」
即答した。
「ただし、
誰が狙われるかは分からない」
ミナは唇を噛みしめた。
「……うちじゃないよね?
リオのところじゃ……ないよね……?」
「それは、教団次第だ」
ミナの肩が、わずかに震えた。
そのとき――
足音が駆け寄ってくる。
「先生! ミナ! 大変だ!」
リオだった。
息を切らし、顔色も悪い。
「どうした?」
「今朝、広場に“新しい通達”が貼られた!
人だかりができてる!」
三人で広場へ向かう。
そこには、
黒いローブの見回りが数人、
貼り紙を囲むように立っていた。
人々は距離を保ちながら、
ざわつきと恐怖の入り混じった声で
小さく噂を交わしている。
僕たちは、貼り紙の前に立った。
内容は、短い。
【本日より、
街の秩序を乱す者を“識別”する】
【祈り室への移送は即日可能】
【沈黙を選ぶ者には、加護を与える】
ミナの顔から、血の気が引いた。
「し……識別って……
誰を……?」
「“先生に関わった者”だろうな」
リオが低く言う。
「あるいは……
授業を受けた家」
リオが奥歯を噛みしめた。
「ふざけんなよ……
こんなの……
公開処刑みてぇな真似じゃねぇか……!」
僕は、貼り紙から目を離さなかった。
(司祭……
街に“敵”を作り、
その敵を使って秩序を固める気だな)
人々の目は、紙を恐れている。
だが同時に――
**「誰が選ばれるのか」**を探してもいた。
(最悪だ……
疑いが、もう“形”になっている)
僕は、二人に言った。
「ミナ、リオ。
今日は――授業をしない」
「え……?」
「集まった瞬間、誰かが狙われる。
今日は、危険すぎる」
ミナの目に、涙が浮かぶ。
「でも……
授業を止めたら……
負けなんじゃ……?」
「負けじゃない」
僕は、はっきり言った。
「引くべき一手だ」
「……一手?」
「僕たちが動かなくても、
街は今日、勝手に揺れる」
一拍。
「今日は、
その揺れの“結果”を観察する日だ」
リオが、呆れたように笑った。
「先生……
やっぱ、ちょっと怖ぇよ……
なんでそんな冷静なんだ……」
「冷静じゃないと」
僕は二人を見る。
「誰が君たちを守る?」
二人が、息を呑んだ。
そのとき――
広場の反対側から、怒鳴り声が上がった。
「なんで俺なんだよ!!
俺は何もしてねぇだろ!!」
人だかりが割れる。
引きずり出されてきたのは、
一人の男。
腕を掴んでいるのは、教団の見回りだった。
見回りの手元の紙には、
無慈悲な文字が並んでいる。
【一人目:識別対象】
「……っ!」
ミナが叫びかける。
「やめて!
その人は――!」
僕は、即座にミナの肩を押さえた。
「ミナ。
今日は動くな」
「でも……!」
「今ここで声を出せば、
君が“次”になる」
ミナは震えながら、僕を見た。
(……教団。
本当に“選び始めた”か)
男は抵抗し、
叫びながら連れていかれた。
周囲の人々は、
誰一人、動かなかった。
――いや。
動けなかった。
そして、その沈黙こそが、
教団の狙いだった。
街は今日――
本当に壊れるかもしれない。
僕は、深く息を吸った。
「……行こう」
「どこへ?」
リオが問う。
歩きながら、答える。
「最初に選ばれた子の家だ」
二人が顔を上げる。
「街が揺れるとき、
最初に守るべき場所は決まっている」
「……?」
「最初に救った家だ」
三日間の、最後の日。
街はついに――
“選別”へ踏み出した。
そして先生もまた、
静かに、しかし確実に
次の一手を打ち始めた。
誤字脱字はお許しください。




