第45話 二日目の火種
45話です
12月16日改稿
翌朝、スラムは昨日よりも静かだった。
声が消えたというより――
街全体が息を潜めている、そんな感触があった。
店の戸は半分しか開いていない。
井戸の前では、人が集まっても会話が生まれない。
子どもたちの姿も、ほとんど見えなかった。
(……教団が動いたな)
昨日は分断。
今日は、その先――
圧力が来ると読んでいた。
ただし、その速さが想定より早い。
倉庫裏に向かうと、すでにミナとリオが来ていた。
二人とも、明らかに顔色が悪い。
「先生……今日、何が起きてるか知ってる?」
ミナは袖を握りしめたまま、視線を落とす。
リオは歯を食いしばり、苛立ちを隠そうともしなかった。
「朝から、教団の人間がスラム中を歩き回ってる。
“授業に行った家族”を探してるらしい……」
ミナの声が震える。
「それだけじゃないの……
何もしてない人の家まで、ドアを叩いて……
“祈り室の候補として記録する”って……」
(……司祭、本気で来たな)
僕は、二人に静かに問いかけた。
「祈り室に“候補”なんて制度、聞いたことある?」
リオが即座に首を振る。
「ねぇよ。
あれは“必要なときに”勝手に連れていくもんだろ?」
「そうだ」
僕は頷く。
「つまりこれは――
噂の段階で人を縛ろうとしている」
ミナの顔から血の気が引く。
「そんな……
誰も連れていかないのに、脅すってこと……?」
「脅しはね、形じゃない。
恐怖の量で効果を測る」
リオが吐き捨てるように言った。
「……最悪だな、教団」
「最悪かどうかは問題じゃない」
僕は淡々と続けた。
「支配のやり方が変わっただけだ」
ミナが、はっと顔を上げる。
「変わった……?」
「昨日までは“沈黙の秩序”だった。
でも今日からは――」
一拍、間を置く。
「恐怖の秩序に切り替わった」
二人が、同時に息を呑んだ。
「恐怖は、街を一番早く壊す。
でも同時に――
一番早く“形を変える”」
僕は倉庫の壁に、チョークで円を描いた。
「街を揺らしたのは教団だ。
でも、揺れ続けたらどうなる?」
リオが、低い声で答える。
「……形が変わる」
「その通りだ」
◇
分散授業が始まると、
子どもたちは昨日よりも、さらに慎重になって集まった。
影を辿り、
視線だけで合図を送り、
見回りの足音が近づくたび、誰かの肩が強ばる。
授業が終わりかけた、そのとき――
倉庫の外から、切羽詰まった叫び声が響いた。
「やめてください!
その子は、何も……!」
ミナとリオが飛び出す。
僕も、すぐに後を追った。
路地では、教団の見回り二人が
若い母親を囲んでいた。
母親の背後には、
震える小さな男の子。
母親は必死だった。
「この子は授業なんて受けてません!
お願い……!
“候補”にしないで……!」
見回りの男が、冷たく言い放つ。
「噂が出ている。
“受けたかどうか”じゃない。
“疑われたかどうか”だ」
男の子が泣き出す。
母親は覆いかぶさるように抱きしめた。
「もう……もう嫌……
どうして、うちなの……!」
僕は一歩、前に出た。
「やめてください」
見回りは振り返り、
僕を見るなり、明らかに表情を変えた。
「……先生、か」
「あなたたちの仕事は、
“祈り室の候補を増やすこと”ですか?」
「司祭さまの命令だ。
街の和を乱す芽を摘むのが我らの役目だ」
「芽を摘むときはね」
僕は静かに言った。
「街全体を枯らす覚悟が必要ですよ」
見回りの男が眉をひそめる。
「……何を言っている」
「恐怖をばらまけば、
誰もあなたたちを信じなくなる」
一拍。
「恐怖で統治するなら――
もっと上手くやるべきだ」
リオが、息を呑んだ。
(……先生、今……わざと挑発した?)
見回りの男が声を荒げる。
「先生!
不要な口出しはするな!」
「不要かどうかは――」
僕は母親を見た。
「この人が決めることです」
母親が、涙に濡れた顔を上げる。
見回りは一瞬、迷い――
舌打ちした。
「……今日は引く。
だが覚えておけ。
“疑い”は残る」
そう言い捨て、二人は去っていった。
◇
母親は泣きながら、何度も頭を下げた。
「先生……ありがとう……
もう、どうしたらいいか……」
「あなたは間違っていません」
僕は、はっきり言った。
「守ろうとしただけです」
ミナが、小さく呟く。
「先生……
街が……壊れていくみたい……」
「違うよ」
僕は空を見上げた。
「壊れてるんじゃない。
揺れているだけだ」
「でも……怖い……」
「怖いほうが、街は変わる」
静かな声で続ける。
「怖くない揺れは、
誰にも気づかれないからね」
リオが、じっと僕を見つめた。
「先生……
最近、言葉が……鋭くなってねぇか?」
「必要だからだ」
僕は即答した。
「街が変わるには、
鋭い言葉がいる」
その声は静かだったが、
二人にはどこか――
危うさを帯びて聞こえた。
揺れの二日目。
街はついに、
“対立”へ向かって転がり始めた。
誤字脱字はお許しください。




