第44話 揺れの一日目
44話です。
12月15日改稿
教団から宣告された「三日間」が始まった。
朝のスラムは、表面上はいつもと変わらない。
井戸へ向かう人々、店を開く商人、通りを行き交う子どもたち――
だが、細部が違った。
足取りがわずかに速い。
視線が合うと、すぐに逸らされる。
子どもたちの声は、不自然なほど小さい。
街全体が、
見えない何かを恐れている。
倉庫裏へ向かう途中、路地から言い争う声が聞こえた。
「お前んとこの子、授業に行ってるって噂、本当か?」
「行ってねぇって言ってんだろ!」
「嘘つけ。見たって奴がいるんだ!」
怒鳴り声ではない。
そこにあるのは、苛立ちよりも怯えだった。
(……早いな)
教団は「禁止」を出した翌日から、すでに次の段階へ進んでいる。
罰ではない。
監視でもない。
――分断だ。
◇
倉庫の陰に入ると、ミナが駆け寄ってきた。
「先生……今日、街の人たち、変だよ」
「どう変?」
「視線が……怖いの。
昨日はまだ“迷ってる”感じだったのに、今日は……
誰かが、誰かを疑ってる」
続いて、リオが顔を出す。
「噂も流れてる。
“授業に通ってる家は、教団に反逆してる”ってさ」
「反逆……」
ミナの顔色が一気に悪くなる。
(司祭……そこまで踏み込んだか)
僕は静かに言った。
「スラムの人たちは、反逆なんてしない。
ただ、生きたいだけだ」
二人を見る。
「教団は、その“普通の願い”を人質に取ってる」
ミナの目が潤む。
「……私、嫌だよ。
みんなが、こんなふうに疑い合うの」
僕は彼女の頭に手を置いた。
「疑いは“揺れ”だよ。
でもね、揺れは必ず収まる」
「……ほんと?」
「揺れたあとに残るのは、二つだけだ。
変わった街か、壊れた街か」
リオが苦笑する。
「先生、よくそんな冷静でいられるな……
逆に怖ぇよ」
「教育は、冷静じゃないとできない。
感情で動いたら、子どもが迷うからね」
「……ほんと悪役みてぇ」
「自覚はあるよ」
僕ははっきり言った。
「僕は街の味方じゃない。
子どもの味方だから」
その言葉に、ミナもリオも息を呑んだ。
◇
やがて、今日の授業に来た子どもたちが、少しずつ姿を見せた。
皆、周囲を警戒しながら倉庫に入ってくる。
チョークを握った、そのとき――
外から低い声が聞こえた。
「……ここか?」
リオの体が強張る。
「先生、見回り……?」
だが、足音は入口で止まり、入ってこなかった。
「……いや、誰もいないな」
声は遠ざかる。
(探していない。
“探すふり”をしているだけだ)
僕は小声で言った。
「今日は予定を変える。
“観察”の授業だ」
「観察……?」
「街を見る。
人の歩き方、視線、言葉の選び方。
それ全部が“情報”だ」
ミナが息をのむ。
「……教団を、見るってこと?」
「そう。
相手を知らなければ、守れない」
リオが呆れたように言う。
「先生、ほんとに教育してんのか……?」
「してるよ。
生き残るための教育だ」
◇
授業が終わり、子どもたちを帰したあと。
ミナとリオが残った。
「先生……
なんか、悪いこと起きそう」
「起きるよ」
即答した。
「でも、悪いことは“変わる前兆”だ」
リオが唇を噛む。
「これから、どうなる……?」
「一日目は“疑い”。
二日目は“対立”。
三日目は――」
二人が固唾を呑む。
「誰かが試される」
「……誰が?」
僕は答えなかった。
倉庫を出ると、教団の塔から鐘が鳴った。
低く、重く、逃げ場のない音。
(……司祭が動いている)
揺れの一日目は終わった。
街は、静かに、しかし確実に――
裂け目へ向かって歩き始めていた。
誤字脱字はお許しください。




