第43話 司祭直属の影
43話です。
12月15日改稿
路地の奥から近づいてくる足音は、
これまで聞いてきた見回りのものとは、明らかに違っていた。
重く、静かで、均一。
一歩一歩に、無駄がない。
(……これは、訓練された歩き方だ)
ミナの指が、僕の袖を掴む。
その震えが、言葉より先に不安を伝えてきた。
「せ、先生……あれ……誰?」
「教団の“使い”だよ。
巡回じゃない。もっと、上の階層の人間だ」
リオが歯を食いしばる。
「……また、何か奪いに来たのかよ」
「奪いにじゃない」
僕は首を振った。
「“判断”しに来たんだ」
三人の呼吸が、同時に止まった。
黒衣の男が、路地の闇から姿を現す。
見回りの粗野さはない。
衣服に皺一つなく、歩き方も、立ち止まる位置も正確だった。
司祭直属。
街の人間なら、誰もが知っている“特別な階級”。
男は僕の数歩手前で止まり、
丁寧すぎるほど整った所作で、頭を下げた。
「先生。
司祭さまより、直接の伝言を預かっております」
僕も軽く会釈で応じる。
「伺いましょう。
ただし、子どもたちの前で失礼のないように」
ミナとリオが、無意識に僕の背へ隠れる。
男はその様子を見て、ほんの一瞬だけ目を細めた。
「承知しました」
声は静かだが、温度がない。
「まず一つ。
――授業の“中止命令”は、依然として有効です」
「理解しています」
「二つ目。
――先生の“行動範囲”が、問題視されています」
(行動範囲……?)
「私は広場と倉庫しか使っていませんが」
男は即座に否定した。
「先生の“身体”ではなく、
“言葉”の行動範囲です」
その言葉に、リオが眉をひそめる。
「……言葉?」
「言葉は距離を越える。
教団が最も恐れるものです」
男の視線が、鋭く僕を射抜いた。
「知識は、信仰より強い。
そして先生は――
“知識を与える側”に立っている」
ミナが、息を呑む。
「司祭さまは、こう問われています」
男は一拍置き、静かに告げた。
「――先生は、味方か。
それとも、敵か」
僕は、即答しなかった。
代わりに、ゆっくりと言葉を選ぶ。
「味方でも、敵でもありません。
ただ、必要なことをしているだけです」
男の口元が、わずかに歪んだ。
「……その返答こそが、街を揺らすのです」
白い封筒が差し出される。
教団において、
“最終確認”を意味する色。
僕は封を開けた。
中には、短い一文だけが記されていた。
――
『先生。
あなたは街の敵になりますか。
それとも、沈黙の友になりますか』
ミナの指が、強く僕の服を掴んだ。
「……どういう、意味……?」
男が淡々と答える。
「先生の選択次第で、
街への“扱い”が変わる、という意味です」
リオが叫ぶ。
「ふざけんな!
それ、ただの脅しだろ!」
「脅しではありません」
男の声は冷静だった。
「秩序の“確認”です」
僕は封筒を静かに閉じた。
「答えは、今ここで必要ですか?」
男は首を横に振る。
「不要です。
司祭さまは、“行動”で答えを受け取る、と」
「行動……」
「授業を続けるのか。
やめるのか。
あるいは――“別の道”を選ぶのか」
(……なるほど)
司祭はもう、言葉で縛る段階を終えた。
これからは、“結果”だけを見るつもりだ。
男は一歩退き、最後に告げた。
「三日間です」
「三日間?」
「その間に街で起きるすべて。
混乱も、恐怖も、希望も――
すべて、先生の責任と見なされます」
重たい沈黙が落ちる。
男は深く一礼した。
「先生。
……どうか、お覚悟を」
そして、影のように去っていった。
残された静寂の中で、
ミナがかすれた声で尋ねる。
「せんせい……
これから、どうなるの……?」
僕は夜空を見上げ、ゆっくり答えた。
「三日間で、街は大きく揺れる」
リオが拳を握る。
「……壊れるか?」
「変わるか、だよ」
僕は微笑んだ。
「その分かれ道を、
司祭は“選別”と呼び、
僕は“教育”と呼ぶ」
静かな夜が、スラムを包み込む。
三日後――
街は、もう同じ形ではいられない。
誤字脱字はお許しください。




