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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第41話 静かに広がる火種

41話です。

12月14日改稿

「先生、今日……どうするの?」


ミナが、僕の袖をそっと掴んだ。

朝のスラムはいつもどおり冷たい。だが、空気の重さが昨日までとは明らかに違う。


大人たちの視線が、妙に落ち着かない。

見ていないふりをしながら、こちらの動きを探っている――そんな“挙動を隠す揺れ”が、街のあちこちに漂っていた。


「授業は続けるよ」


そう答えると、ミナの肩がわずかに揺れた。


「ただし、“方法”は変える」


「……昨日の“禁止令”、街の人たちも知ってる」


ミナは声を落とす。


「教団が本気だって……みんな、怖がってる」


「だからこそ、教えるんだ」


僕は静かに言った。


「怖いときほど、人は“考える力”を必要とする。

 恐怖は、思考を止める道具として使われがちだけど――

 本当は、考え始めるための合図でもある」


ミナは困ったように笑った。


「先生って……ほんと扱いにくいよね」


「そう?」


「うん。でも……」


一瞬、視線を逸らしてから、彼女は小さく続けた。


「そういう先生だから、私……好きなんだけど」


横で聞いていたリオが、派手に咳払いをした。


「おいミナ、そういうのは今は……!」


「いいんだよ」


僕は遮る。


「感情は自由だ。ただし、教育の場では後回しにする。

 優先すべきことは、別にあるからね」


「……そういうとこだぞ、先生」


リオは呆れたように笑ったが、

その目はどこか誇らしげだった。



僕たちは広場を避け、路地裏の奥――

使われなくなった小さな廃倉庫の影へ向かった。


「ここで……?」


ミナが周囲を見回す。


「ここが、最初の“分散授業”だよ」


「分散……?」


「数人ずつ、時間をずらして教える。

 教団は“集まる教育”を恐れている。

 だから“集まらなければ”、対処しきれない」


リオが周囲を警戒しながら言った。


「先生……あいつら、見てる気がするぞ」


「うん。見てるね」


「なんで分かる?」


「視線の癖だよ。

 人は隠れていても、興味を持つと“目だけ”が動く」


ミナがぎょっとする。


「……やっぱ先生、ちょっと怖い」


「怖いと言われると嬉しいな」


僕は苦笑する。


「“教える”って行為は、本来怖いものなんだ。

 相手の心に入り込むことだからね」


「やべぇ……完全に悪役だろ」


「悪役かもしれない。

 でも、街にとって“必要な悪役”だ」


二人は黙った。

その沈黙は、恐怖でも不信でもない。


――理解が、静かに始まる前の沈黙だった。



そのとき、小走りの足音が近づいてきた。


少女の父親だ。

あの、祈り室から娘を取り戻した男。


「先生……!」


息を切らしながら言う。


「娘は落ち着いてる。

 家では……眠れるようになった」


「それはよかった」


「でも……街の空気が変だ。

 今日、教団の人間が家の前を二度通った。

 “様子を見に来た”って……」


ミナとリオが息を呑む。


(監視を、広げ始めたな)


僕は父親をまっすぐ見た。


「あなたは、黙らないでください」


「……」


「娘さんの前で、声を失わないで。

 沈黙は、教団に一番利用される」


父親は震えながら、深く頷いた。


「……俺みたいな弱い人間でも、

 先生の言葉は届いた。

 だから……負けないでくれ」


「負けないよ」


僕は即答した。


「子どもたちが、許してくれないだろうからね」


父親は涙をこぼし、深く頭を下げて去っていった。


ミナがぽつりと呟く。


「……人って、変わるんだね」


「変わるよ」


僕は答えた。


「ただし、変わるには“揺れ”が必要だ」


「揺れ……?」


「揺れは怖いものだと思われがちだけど、

 本当は“考え始めた証拠”なんだ」


リオが腕を組む。


「じゃあ今、街は揺れてるのか?」


「うん。揺れてる」


「いい方向に……?」


「それは、これから決まる。

 揺れは、放っておくものじゃない。

 “育てるもの”だからね」


ミナが、僕の手にあるチョークを見る。


「先生のチョークって……

 なんか、武器みたい」


「武器じゃないよ」


僕はチョークを握り直した。


「“考えを引き出す道具”だ」


「どっちにしろ怖ぇよ……」


リオの言葉に、思わず笑う。


「教育は本来、怖いんだ。

 人を変えてしまうからね」



廃倉庫の前に、

子どもたちの小さな影が一つ、また一つと現れる。


誰にも見られないように、

一人ずつ、慎重に。


ミナが静かに言った。


「先生……

 もう、始まっちゃってるね」


「うん」


僕は壁に向かい、文字を書き始める。


「“静かな授業”がね」


授業を止めれば、

街の揺れは収まる。


だが続ければ――

街の形は、確実に変わる。


それを一番よく分かっているのは、

きっと教団の司祭だ。


だからこそ、

ここからが“本当の攻撃”になる。


僕はチョークを走らせながら言った。


「さあ、授業を始めよう。

 静かに――

 けれど、確実に」


スラムの片隅で、

小さな火種が灯った。


それは、

教団が最も恐れる火だった。


誤字脱字はお許しください。

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