第38話 広間を出たあとで
38話です。
12月14日改稿
司祭との“協議”を終え、
教会の扉をくぐった瞬間、
外気がやけに冷たく感じられた。
僕は立ち止まり、ゆっくりと息を吐く。
(……危なかったな)
言葉ひとつ、間の取り方ひとつで、
あの場は簡単に“排除”へ傾いたはずだ。
司祭の表情。
言葉の選び方。
机を叩いた瞬間の、指先のわずかな震え。
どれもが、彼の内側にある“限界”を示していた。
ただし――
同時に、ひとつ確信したことがある。
(司祭は、まだ僕を切り捨てきれていない)
あれほどの圧力をかけながら、
彼は最後まで僕を“敵”と断定できなかった。
理由は単純だ。
僕を消せば、
街の沈黙そのものが壊れる。
支配は、
壊れたあとには戻らない。
スラムの裏路地に足を踏み入れた瞬間、
闇の中から小さな影が飛び出してきた。
「せんせい!」
ミナだった。
続いて、息を切らしたリオも姿を現す。
「おい!
無事だったのかよ!」
僕は思わず笑った。
「ただいま」
ミナの目が潤む。
「ほんとに……
ほんとに良かった……!」
「心配かけたね」
リオが僕の服を掴む。
「司祭、なんか言ってきたか?」
「うん。
“沈黙のために祈れ”って」
リオが舌打ちした。
「あいつ……!」
ミナが不安そうに聞く。
「先生……
これから、どうなるの?」
僕は夜空を見上げた。
雲は低く、
星は見えない。
「今夜からね、
街の“静けさの質”が変わる」
「しずかさの……しつ?」
「そう」
僕は言葉を選びながら続ける。
「今までの静けさは、
ただの“従順”だった」
「言われた通りに黙る静けさ。
考えないための静けさ」
二人が黙って聞いている。
「でも、これからは違う」
僕は、はっきりと言った。
「“疑いの静けさ”に変わる」
ミナが息をのむ。
「疑いが生まれると、
人はすぐに騒がない」
「むしろ、
静かになる」
「でもその静けさは、
もう元には戻らない」
リオが拳を握る。
「……それって、いいことなのか?」
「痛いけど、必要なことだ」
僕は頷いた。
「変化は、
いつも“怖さ”から始まる」
そのとき、
スラムの奥から、別の声が響いた。
「先生……!」
暗がりから、
少女の父親が走ってくる。
息を切らしながら、
必死に言った。
「娘が……
“いまの街はこわい”って泣くんだ……
どうすればいい……?」
僕は、すぐには答えなかった。
少しだけ間を置き、
静かに言う。
「怖がっていいんです」
父親が顔を上げる。
「怖いと思えるのは、
“変わり始めている”証拠です」
「……変化」
「ええ」
僕ははっきりと続けた。
「あなたは、
娘さんの前で黙らないでください」
「教団の言葉より、
娘さんの声を先に聞いてあげてください」
父親は深く、深く頭を下げた。
スラムの空気が、
音もなく揺れ始めているのを感じる。
それは、
司祭が最も恐れる種類の揺れだった。
――静かで、
止められない揺れ。
物語は、
もう後戻りできない地点に差しかかっていた。
誤字脱字はお許しください。




