第35話 静かな分断
35話です
12月14日改稿
少女を連れ戻してから、三日が過ぎた。
スラム全体に、奇妙な静けさが漂っている。
沈黙ではない。
かといって、落ち着きとも違う。
――様子見。
人々は以前より言葉を減らしたが、
そのぶん視線が忙しくなった。
僕とすれ違う大人の中には、
ほんの一瞬、目を合わせて小さく頷く者がいる。
だが同時に、
こちらを見るなり、露骨に目を逸らす者も増えた。
(……見事だな)
司祭のやり口は、相変わらず巧妙だった。
子どもを救い出された直後、
教団は怒りを前面に出さなかった。
代わりに、
静かに「分断の種」を撒いた。
噂は、いつも通り形を変えて広がる。
――先生は教団を挑発しているらしい。
――あの男のせいで、また誰かが連れていかれるかもしれない。
――街を乱す存在だ。
どれも断定ではない。
だからこそ、否定しづらい。
人は「かもしれない」に弱い。
ミナが小さな声で言った。
「先生……最近、お店の人がね……
先生を見ると、急に黙るの」
リオも腕を組んで眉をしかめる。
「昨日は、
“教団の怒りを買うな”って言われたぞ。
俺、何もしてねぇのに」
僕は二人の頭に、そっと手を置いた。
「二人のせいじゃない」
「でも……」
「でもよ……」
「変化が起きたとき、
古い秩序は必ず揺れる」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「教団は、その揺れを“恐怖”に変えるのが上手いだけだ」
ミナは唇を噛み、リオは地面を睨んだ。
「……先生は、大丈夫なの?」
その問いには、即答した。
「大丈夫だよ」
少しだけ笑って付け加える。
「嫌われる役なら、慣れてる」
リオが吹き出した。
「なんだそれ……
先生、意外と図太いな」
「経験値が高いだけだよ」
軽く流しながら、僕は視線を上げた。
「不安が広がるのは自然なことだ。
でもね、“考える人”は必ず増える」
「その芽を、潰されないようにするだけだ」
ミナが、小さく頷いた――そのとき。
硬い靴音が、路地の奥から響いた。
一人、二人……
いや、六人。
教団の見回りだ。
しかも今日は、
今までとは違う顔つきだった。
私語がない。
視線が定まっている。
(……来たか)
これは警告ではない。
牽制でもない。
司祭はもう、
「沈黙」では足りないと判断した。
次の段階――
恐怖を、目に見える形で使うつもりだ。
僕は二人に言った。
「今日は、家に帰って。
外に出ないほうがいい」
ミナが不安そうに袖を掴む。
「先生……」
その手を、静かに外した。
「大丈夫。すぐ戻る」
その言葉が嘘だと、
自分でも分かっていた。
でも、今はそれでいい。
僕は六人の見回りに向かって、歩き出した。
スラムの空気が、
音もなく張り詰めていく。
街はまだ壊れていない。
だが――
確実に、次の段階へ進もうとしていた。
誤字脱字はお許しください。




