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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第3話 教会のスープと「静かな子はいい子」

3話目です。

12月11日改稿

その日の昼、スラムの子どもたちは、いつもより落ち着きがなかった。


「先生、今日さ……教会のスープの日なんだ」


リオが言う。


「スープ?」


「ああ。週に一回、タダで配ってんだ。

 並べば、薄いけどあったかいのが飲める」


ミナもうなずいた。


「お腹空いてる子は、行かないと倒れちゃうから……みんな行くの」


「なるほど」


僕は少し考える。


(教会が“どうやって静かにさせているか”を見ておいたほうがいいな)


「よし。じゃあ今日の授業は“教会見学”にしよう」


「授業扱いなんだ……」


リオは呆れたように言ったが、口元はどこか嬉しそうだった。



教会は、スラムから坂を少し上ったところにあった。


石造りの建物。

壁にはひびが入り、ところどころ色も剥げている。

それでも、今朝までいた路地の家々に比べれば、よほど立派だ。


入り口の前には、すでに行列ができていた。


痩せた老人。

小さな子どもを抱いた母親。

薄汚れた服の若者たち。


先頭近くでは、白い服を着た女が大鍋からスープをよそっている。


「あれ、シスターだよ。いい人なんだ」


ミナが小声で教えてくれる。


順番を待っていると、教会の中から歌声が流れてきた。


 口を閉じて 目を閉じて

 おとなしく していよう

 声を出さずに 涙も見せず

 静かな子は 良い子だよ


昨日と同じ歌だ。


「さっきの歌だね」


僕が言うと、リオが肩をすくめる。


「いつもこれ。

 “静かな子はいい子”ってやつ、教会の決まり文句みてぇなもんだ」


「静かじゃない子は?」


「怒られる」


即答だった。


(“スープをもらう場所”と“静かにしろと言われる場所”が同じ……

 これじゃ、逆らいづらいな)


行列が進み、僕たちの番が来た。


「はーい、一人一杯ね」


シスターが笑顔でスープを差し出す。

見た目は薄いが、湯気が立っていて暖かそうだ。


「ありがとうございます」


僕が礼を言うと、シスターはじっと僕を見た。


「見ないお顔ですね。スラムの方?」


「ええ。最近、子どもたちに字と考え方を教え始めた者です」


「あら、先生?」


その呼び方には、わずかな警戒が混ざっていた。


「それは良いことですわ。ただ――」


シスターは笑顔を崩さないまま、声だけ少し低くする。


「あまり、余計な望みを抱かせないでくださいね」


「余計な望み、ですか?」


「はい。

 この街で無理な夢を見るのは、かわいそうでしょう?

 “自分の場所を受け入れて、静かに働くこと”が、一番幸せなんです」


さらりと言う。


ミナがスープを受け取りながら、少し申し訳なさそうに笑った。


「いつもスープ、ありがとうございます」


「いいのよ。あなたたちは“素直に感謝して、静かにしていればいい子”なんだから」


またその言葉か、と僕は思う。


シスターは僕へ視線を戻した。


「先生。教会では、神さまの教えとしてこう伝えています」


白い指で胸の前に簡単な印を結ぶ。


「“口より手を動かせ。

 言い訳より汗を流せ。

 声より祈りを捧げよ”と」


「……よくできた教えですね」


「ですから、子どもたちに“文句”を教えるのは、おやめくださいね」


柔らかい笑顔。

それとは裏腹に、言葉は硬い。


「僕が教えているのは、文句ではなく“問い”です」


「違いはありますか?」


「大きく違います」


僕は視線を逸らさずに答えた。


「文句は、ぶつけて終わりです。

 問いは、考える始まりです」


シスターの目が、少しだけ細くなる。


「考えて……この子たちに何ができると?」


「今すぐ何かが変わるわけではないでしょう。

 でも、“どうにかしようとする自分”にはなれます」


「そういう者は、時に神と街を乱します」


声の調子は穏やかなままだが、中身はきっぱりしている。


「教会は、静かな街を望んでいます。

 遠くから来た先生さん。

 どうか、波を立てないでくださいね」


そう言って、シスターは会話を切るように次の人にスープを渡した。



スラムへ戻る坂道を歩きながら、リオがぼそっと言った。


「……やっぱ、教会の人ってちょっと怖ぇよな」


「怖い?」


「笑ってんのにさ。

 “静かにしろ”って中身はずっと一緒じゃねぇか」


「そうだね」


僕は苦笑した。


ミナが、空になった器を抱えたままこちらを見る。


「先生は……教会のこと、どう思う?」


僕は少し考えてから答える。


「スープを配るのは、ありがたいと思うよ。

 あれがなかったら、倒れる子もいるだろう」


「うん……」


「でも、“静かな子だけがいい子”だとは、僕は思わない」


子どもたちの目が、わずかに見開かれる。


「今日の授業はここまで。

 明日、教会の歌について少し話そうか」


「歌の授業?」


リオが笑う。


「うん。

 “歌に込められてる意味”を、一緒に考えてみよう」


ミナが、そっと口ずさむ。


 静かな子は 良い子だよ


その歌詞が、この街の子どもたちの心に

どれだけ深く入り込んでいるのか。


あとから振り返れば、

この日の“スープと歌”は、

教会と街との関係の、本当の姿を考え始めるきっかけだった。


そのときの僕はまだ、

ただ「少し気になる」と思っただけだったけれど。

誤字脱字はお許しください。

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