第27話 揺さぶりと一手
27話です
12月14日改稿
見回りの男たちが、じりじりと距離を詰めてくる。
だが、誰の手にも武器はない。
棍棒も、刃もない。
――暴力は使わない。
少なくとも「今は」。
司祭が静かに口を開いた。
「先生。
あなたのために、私たちは“道”を用意できます」
「道、ですか」
「ええ。ここを去りなさい」
予想通りだった。
司祭は続ける。
「あなたがいなくなれば、
スラムは再び“静けさ”を取り戻すでしょう」
「子どもは?」
「落ち着いたら、返します」
――落ち着く、とは。
考えなくなる、という意味だ。
僕は首を横に振った。
「去るつもりはありません」
司祭の口元から、微かな笑みが消える。
「では先生……
子どもたちが、これ以上苦しんでも構わないと?」
罪悪感を使った揺さぶり。
典型的で、効果的なやり方だ。
見回りの男たちが、さらに一歩近づく。
僕は逆に、一歩だけ下がり――
そして、わざと足を止めた。
「司祭さま」
「なんでしょう」
「あなたは、少し勘違いをしている」
司祭の眉が、わずかに動く。
「僕は、あなた方と“争わない”と言いました」
司祭が息を止めた気配がした。
「逃げる気もない。
従う気もない。
争う気もない」
「では、どうするおつもりで?」
僕は司祭の目を、まっすぐ見て答えた。
「あなたたちより先に、
この街を理解します」
ほんの一瞬。
司祭の瞳孔が、揺れた。
「……理解、ですか」
「ええ。
街の人々を、あなた方より早く、深く理解する」
司祭の表情が完全に固まる。
「それが、あなたの“戦い方”だと?」
「争いは、相手を知らない者がします」
僕は淡々と続けた。
「あなた方が“沈黙”を使うなら、
僕は“言葉”を使う」
周囲の見回りたちが、小さくざわめく。
司祭は低い声で言った。
「……先生。
あなたは、自分の力を過信している」
「いえ」
僕は、ほんの少しだけ微笑んだ。
「あなたが、僕の力を誤解している」
司祭の目が鋭くなる。
「我々は“静けさ”のためなら、何でもする」
「僕は“子どもたちの未来”のためなら、何でもします」
「それは――
脅しですか?」
「いいえ」
間を置いて、静かに答えた。
「宣言です」
風が吹き抜ける。
裏庭の空気が、一気に張り詰めた。
司祭が手を上げる。
見回りたちが、前に出る。
(……来るな)
司祭が言った。
「先生。
ここであなたを“排除”してもよいのですよ?」
僕は、ほんのわずかに目を細める。
「どうぞ」
見回りたちが、息を呑む。
僕は続けた。
「ただし――
あなたは“街を失う”ことになります」
沈黙。
完全な沈黙。
「スラムの人々の“問い”は、
もう始まっています」
「僕を消しても、止まりません」
司祭は口を閉じ、
しばらく動かなかった。
その沈黙こそが――
この場の均衡だった。
やがて、司祭は静かに手を下ろす。
「……今日は、帰りなさい。先生」
「承知しました」
「また、呼びます」
「ぜひ」
司祭は背を向けた。
見回りたちが、道を開ける。
僕は、その間を静かに歩き抜けた。
振り返らずに。
この街は、もう
“黙って従うだけの場所”ではなくなっている。
それを、
司祭も――理解し始めていた。
誤字脱字はお許しください。




