第26話 裏庭の静寂
27話です
12月13日改稿
翌朝。
教会の裏庭は、奇妙なほど静かだった。
鳥の声すら遠い。
音が吸い取られていくような感覚だけが残る。
すでに司祭はそこにいた。
白い手袋。
黒い法衣。
どちらも昨日より、わずかに整いすぎている。
「おはようございます、先生」
「お呼びいただき、ありがとうございます」
形式的な挨拶。
互いに余計な感情を挟まない。
司祭は軽く手を広げた。
「昨夜、見回りから紙を受け取られましたね」
「ええ」
「来てくださって何よりです。
来ない可能性も考えていましたので」
(来なければ、“逃げた”という噂が立つ。
その準備は、すでにできていたはずだ)
司祭は草の上を踏み、ゆっくり距離を詰める。
「さて、本題に入りましょう」
彼は周囲を見渡した。
「ここは人目につきません。
誤解なく話をするには、ちょうどいい場所です」
「脅すには、という意味ですか?」
司祭は微笑んだ。
「いいえ。
“判断する”ためです」
その一言で、場の性質が変わった。
司祭の目から、社交的な柔らかさが消える。
「――先生。
あなたを“敵”と断定するかどうか。
今日はその確認に来ました」
風が止む。
僕は、ゆっくり息を吸い、吐いた。
「子どもを返してください」
司祭は即座に首を振った。
「順序が違います」
声は穏やかだが、拒否は明確だった。
「先生。ひとつ、質問を」
「どうぞ」
「あなたは、この街の“秩序”を壊すつもりがありますか?」
(聞き方が変わった)
これは説得ではない。
分類だ。
「壊すつもりはありません」
司祭の視線がわずかに緩む。
「ただし――」
僕は続けた。
「壊れている場所を見て、
直したほうがいいとは思っています」
司祭の口元の笑みが、ほんの一瞬、欠けた。
「秩序に“壊れ”は存在しません」
「存在します」
即答すると、司祭は黙った。
「飢えている人がいる。
働いても位置が変わらない。
それを“正常”と呼ぶなら、
その秩序は機能していない」
司祭は短く息を吐いた。
「……先生。
あなたは、非常に優秀です」
「ありがとうございます」
「優秀すぎる。
だから危険なのです」
その瞬間、背後で小枝が折れる音がした。
一人ではない。
囲まれている。
司祭は気づいていないふりをしたまま続ける。
「次の質問です」
「どうぞ」
「あなたが授業を続けた場合、
この街の“沈黙”は保たれますか?」
「保たれません」
即答だった。
司祭が眉を動かす。
「認めるのですね」
「ええ。
でも、“沈黙を保つこと”が目的ではありません」
司祭の声が低くなる。
「では、目的は?」
「子どもたちが、
自分で選ぶ力を持つことです」
司祭は笑わなかった。
「……やはり、敵の可能性が高い」
草が擦れる音。
足音が、はっきり近づいてくる。
司祭は手を上げ、制した。
「最後の質問です、先生」
その目に、初めて感情が宿った。
それは怒りではない。
“排除を決める側”の目だ。
「――教団に従う気は、ありますか?」
ここで、すべてが決まる。
僕は少しだけ考えた。
そして――笑った。
「従う気はありません。
ただし、争う気もありません」
司祭が、わずかに目を細める。
「では、何者ですか」
「僕は、
子どもたちの先生です」
沈黙。
司祭はゆっくり目を閉じた。
「……残念です」
「ええ。
残念ですね」
司祭は、静かに手を振った。
草陰から、数人の見回りが姿を現す。
武器は見せない。
だが、役割ははっきりしている。
(切り替えたな)
説得から、管理へ。
管理から、排除へ。
司祭は背を向けながら言った。
「先生。
あなたは今日、線を越えました」
僕は一歩、前に出る。
「いいえ。
線を“見せてもらった”だけです」
司祭は答えなかった。
裏庭の静けさが、完全に意味を失う。
――ここから先は、
言葉だけでは済まない。
そう直感しながら、
僕は静かに、構えを切り替えた。
誤字脱字はお許しください。




