第25話 影の動き
25話です
12月25日改稿
夜。
スラムの音が一段落し、
人の気配が減った頃だった。
僕が横になろうとした、その時――
砂利を踏む足音が、はっきりと三つ分、近づいてきた。
この時間帯に、
目的もなく歩く者はいない。
(……来たな)
影が止まる。
「……先生」
聞き覚えのある声だった。
見回りの男だ。
今日は、二人を連れている。
立場の違う三人が、
わざわざ揃って来る理由は一つしかない。
「こんな時間に、何でしょう」
僕は起き上がり、落ち着いた声で答えた。
男は一歩前に出て、
折りたたまれた紙を差し出す。
「司祭さまからだ」
短い文面だった。
先生へ
明日、教会の裏庭までお越しください。
話したいことがあります。
署名はない。
だが、書き方で分かる。
司祭だ。
僕は紙を受け取り、ゆっくりと目を通し、
丁寧に折り直した。
「穏やかではありませんね」
率直な感想だった。
「穏やかじゃねぇよ」
男は低く言った。
「先生……正直に言う。
もう、俺たちじゃ“守れねぇ”」
一瞬、沈黙が落ちる。
「教団は本気だ。
お前を“問題”じゃなく、“排除対象”として見てる」
(やはり、段階が一つ上がったか)
「見回りの方々に、負担をかけるつもりはありません」
そう言うと、男は首を振った。
「勘違いすんな」
声を落とし、続ける。
「……俺はな、
お前の言ってることが、少し分かってきた」
その言葉は、
教団にとって最も不都合な兆候だった。
「だから今、俺たちも見られてる。
“先生に傾く見回り”が出るのを、
あいつらは一番嫌がる」
(やはり、子どもだけじゃない)
沈黙の支配は、
末端にまで徹底されている。
男は紙を指で弾いた。
「明日、行くんだろ?」
「行きます」
即答だった。
男は短く息を吐いた。
「……馬鹿だなお前」
「よく言われます」
そう返すと、
男は一瞬だけ口元を歪めた。
「いいか、先生。
あそこに行ったら、
多分もう“話し合い”の段階じゃねぇ」
「司祭さまは、
“静けさのためなら、何でもやる”人間だ」
「わかっています」
「……わかってて行くんだよな」
男はそれ以上、言葉を続けなかった。
代わりに、背を向けて一言だけ残す。
「死ぬなよ」
三人の足音は、
闇の中に溶けていった。
僕は、手の中の紙を見つめる。
司祭が、
わざわざ“裏庭”を指定した理由は明白だ。
人目を避けるため。
記録を残さないため。
そして――引き返させないため。
最後通告か。
罠か。
あるいは、その両方か。
けれど、行かないという選択肢はなかった。
子どもを奪う者を前に、
黙って背を向けることはできない。
夜風が吹いた。
不思議と、恐怖はなかった。
あるのはただ、
「ここまで来た」という、静かな確信だけだ。
――そして翌朝、
僕は教会の裏庭へ向かう。
物語は、
心理戦の次の段階へ入る。
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誤字脱字はお許しください。




