第21話 司祭の“静かな攻撃”
21話です。
12月13日改稿
翌日。
授業の準備をしていると、スラムの入口が騒がしかった。
人だかり。
いつもと違うざわめき。
「……なんだ?」
リオが顔をしかめる。
ミナが背伸びをして、遠くを見る。
「先生……教会の人……」
その言葉だけで、胸の奥が沈んだ。
嫌な予感ほど、よく当たる。
人だかりの中心にいたのは――
例の司祭だった。
白い手袋。
深い色の法衣。
柔らかすぎるほどの微笑み。
その隣には、シスターたちが大きな桶を並べている。
「……スープ?」
ミナが小さく呟いた。
だが、様子がおかしい。
教会の配給は週に一度。
こんな規模で、しかも突然。
司祭が、よく通る声で告げた。
「本日より、スラムの皆さんに
無料の食事を提供いたします」
ざわり、と空気が動く。
「働くのが難しい方」
「子どもを抱える方」
「日々の暮らしに困っている方」
一人ひとりに語りかけるような口調。
「皆さんの心が、
どうか静かでありますように」
――来たな。
これは攻撃だ。
しかも、最も残酷なやり方で。
「助かる……」
「ありがたい……」
「こんな温かいの、久しぶりだ……」
涙を流す大人もいる。
その中で、囁きが生まれる。
「やっぱり教会は違う」
「先生の話なんて聞かなくてよかった」
「逆らうと、こうなるんだな……」
言葉は、毒のように広がっていく。
リオが歯を食いしばった。
「……ずりぃよ」
ミナの声が震える。
「これ……先生の授業より、
スープのほうが正しいって言われたら……」
「勝てない……」
僕は息を整えた。
「二人とも、落ち着こう」
そのとき、司祭がこちらを見た。
目が合う。
彼は、迷いなく歩み寄ってくる。
「おはようございます、先生」
「おはようございます。
随分、大規模な施しですね」
「ええ」
司祭は微笑んだ。
「“子どもたちが不安定になっている”と聞きましたので」
周囲がざわつく。
「不安定……?」
「子どもが……?」
「考えすぎて苦しむ子どもたちを、
教会が守らねばと思いまして」
その言い方は、
僕が“苦しみを与えている側”だと
自然に印象づける。
リオが声を上げかけ――
僕は静かに手で制した。
「司祭さま。
ひとつだけ、質問しても?」
「どうぞ」
「この配給を、
なぜ昨日まで行っていなかったのですか?」
一瞬。
司祭のまぶたが、ほんのわずかに動いた。
人々が囁く。
「……たしかに」
「昨日も困ってたよな」
「なんで今日から……?」
司祭はすぐに微笑みを戻した。
「先生。
施しに理由を求めるのは、少し野暮では?」
「承知しています」
僕は静かに続ける。
「ただ――
“子どもが考え始めた直後”だったのは事実です」
司祭の声が、低くなる。
「先生。
あなたの“問い”が、人を不安にしているのです」
「考えなければ、苦しまない」
「考えなければ、怒らない」
「考えなければ、争わない」
ミナが僕の袖を掴む。
「……こわい……」
司祭は一歩、距離を詰めた。
「どうか、先生。
子どもたちの前から、身を引いてください」
柔らかい声。
しかし逃げ場はない。
リオが叫んだ。
「先生は悪くねぇ!」
視線が一斉に集まる。
僕はすぐにリオの肩に手を置いた。
「ありがとう。
でも、今は声を荒げないで」
「……っ」
「怒ると、“ほら、荒れた”って言われる」
司祭が言う。
「民衆は、思想よりも、
今日の一杯を求めています」
「わかっています」
僕は答えた。
「僕も、ここに住んでいますから」
司祭の目が、わずかに揺れた。
「施しを否定するつもりはありません」
僕は続ける。
「ただ――
それが“沈黙と引き換え”でないなら」
司祭の視線が鋭くなる。
「先生。
あなたは“器の中の人間”を理解していない」
「そうでしょうね」
僕は言い切った。
「僕は、器の外を知らない」
人々が、息を呑む。
僕は板を掲げた。
沈黙は、奪われるときに武器になる
司祭は微笑んだまま、言った。
「……危険な考えです」
「そうでしょう」
「その危険を静めるのが、私の役目です」
司祭は振り返り、声を張った。
「皆さん。
スープをどうぞ。
今日から、毎日です」
歓声。
その音に、
僕たちの存在は飲み込まれた。
ミナが震えた声で聞く。
「……どうすればいいの?」
リオが唇を噛む。
「……スープには、勝てねぇ」
僕は二人の頭に、そっと手を置いた。
「勝たなくていい」
「……?」
「奪われなければいい」
「何を?」
「考える力を」
施しと沈黙。
問いと言葉。
戦場は、もう整っていた。
次に動くのは――
こちらだ。
誤字脱字はお許しください。




