第20話 沈黙の境界線
20話です。
12月13日改稿
見回りが背後に立っているだけで、
授業は別物になる。
子どもたちは声を潜め、
無意識に周囲を気にしていた。
それでも――
誰も席を立たなかった。
「じゃあ、“沈黙を選ぶ理由”を考えてみようか」
僕は板に三つの丸を書いた。
1)怖いから
2)疲れたから
3)考える余裕がないから
「これは、“自然な沈黙”だ」
リオが眉をひそめる。
「……自然じゃねぇ沈黙ってのもあるのかよ」
「ある」
即答した。
そして、四つ目を書き足す。
4)言ったら殴られるから
空気が、ぴりっと張る。
「これ、経験ある人?」
誰も手を挙げない。
でも、誰も否定もしなかった。
ミナが視線を落とす。
「……ある」
さらに書く。
5)言ったら損をするから
6)言ったら“変な子”だと思われるから
7)言ったら誰かが困るから
「これが、“強制された沈黙”だ」
見回りの男が腕を組み、黙って見ている。
「教団はね、
“自然な沈黙”と“強制された沈黙”を混ぜて教える」
「混ぜる……?」
「“危ないときは黙れ”は正しい。
でも、“怒られないために黙れ”は違う」
リオが頭をかく。
「……ややこしいな」
「だから、区別する練習をする」
僕は板を軽く叩いた。
「たとえば――
殴られたとき、どうするべきか」
リオの肩がわずかに揺れる。
「その場では黙ったほうがいいこともある」
「……あるな」
「でも、“ずっと黙っていい相手”とは限らない」
「誰だよ、黙らなくていい相手って」
「話を聞く気のある大人。
責任を持つ人間」
一瞬、見回りの男が鼻で笑った。
「先生さんよ……
甘ぇ話だ」
僕は男のほうを見る。
「甘いですか」
「ああ。
この街じゃ、
言うこと聞かねぇ奴から消える」
「それは、
“一時的に静かになる”だけです」
男が半歩前に出る。
「なんだと」
子どもたちが息を詰める。
僕は声を荒げなかった。
「見回りのあなたたちは、
“必要なときに声を上げる仕事”でしょう」
「……当たり前だ」
「なら、子どもが“間違っている大人”に声を上げたら、
それは秩序を壊す行為ですか」
沈黙。
ほんの数秒。
だが、十分だった。
「声を上げること自体を否定したら、
あなたの仕事も否定される」
男は何も言わなかった。
「……本当に、面倒くせぇ先生だ」
「よく言われます」
ミナが、小さく笑った。
リオの口元も、わずかに緩んでいる。
その日は、そこで授業を終えた。
子どもたちを帰し、
路地に二人きりになる。
見回りの男が、ぽつりと言った。
「……忠告だ」
「なんでしょう」
「教団に逆らう奴は、
本当に酷い目に遭う」
「わかっています」
「……わかっててやってるのか」
「ええ」
男は舌打ちし、背を向けた。
「バカだな、お前」
その声には、
怒りよりも――
諦めに近いものが混じっていた。
そして、僕は気づいていた。
(見回りの一部が、
僕を“敵として見なくなり始めている”)
それは、
教団にとって最も危険な兆候だ。
だから次に動くのは――
間違いなく、司祭の側。
その予感だけが、
静かに、確実に膨らんでいた。
誤字脱字はお許しください。




