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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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第2話 問いが増えるほど、生きづらくなる?

2話目です。

12月11日改稿

翌日。

昨日と同じ路地に行くと、子どもたちがすでに集まっていた。


「せんせー、来た!」


「ほんとに来た!」


思わず足を止めた。

昨日限りの気まぐれだと思っていたから、嬉しい驚きだった。


「宿題は?」


僕がそう言うと、子どもたちは互いの顔を見て、少し照れくさそうにうなずいた。


「……やった」


最初に言ったのは、昨日の少年――リオだ。


「“なんでオレらだけ寒ぃのか”考えてた」


「いいね。他には?」


すると次々に声が上がった。


「“なんで上の街の連中はパン毎日食えんのか”」

「“なんで怒鳴られると黙っちゃうのか”」

「“なんで教会は静かにしろって言うのか”」


たどたどしいながらも、“自分の言葉”で考えた痕跡がある。


僕はうなずきながら板に写した。


「たくさん考えたね」


すると、一人の子がぼそっと言った。


「……でもさ、考えれば考えるほどムカついて寝れなくなった」


他の子も「オレも」「私も」と苦笑いしてうなずく。


予想通りだ。


「それは、“問いの副作用”だね」


「ふくさよう?」


「楽じゃなくなる」


僕は率直に言った。


「何も考えないほうが楽だよ。“そういうもんだ”って思ったほうが怒らなくてすむ」


「……そりゃ、そうだけどよ」


リオが渋い顔をする。


僕は子どもたち全員を見回して、ゆっくりと言った。


「でもその代わり、“自分で選んだ”って感覚はなくなる」


「……せんせー、それどういうこと?」


「自分で選んだって感じることを、“実感”って言うんだ」


僕は昨日描いた丸の隣に、新しく丸を描いた。


「昨日までの君たちは、こうだった」


丸の中に小さく書く。


 言われたことだけやる


「でも昨日、“なんで?”って考えた君たちは、こうなった」


もうひとつの丸に書く。


 自分で考え始めた


「さて、どっちが楽かな?」


「前のほう」


「じゃあ、どっちが“人間らしい”?」


しばらく沈黙があったあと、ミナが小さく言った。


「……後のほう」


「僕もそう思う」


僕はにこりと笑った。


「考えるっていうのは、“楽”を手放す勇気なんだよ」


リオがぼそっと言う。


「せんせーは……なんでそんな面倒なことすんだよ。

 楽に生きりゃいいのに。ここから出りゃいいだろ」


「そうだね。楽を選ぶほうが普通だ」


僕は空を見上げた。雲は相変わらず低いが、昨日より少し明るい。


「でも、僕は“先生”だと名乗った。名乗った以上、やることは一つ」


「なに?」


「“楽”と“自由”、どっちを選ぶか、君たちに考えさせること」


子どもたちが一斉に息をのんだ。


「選ぶのは君たちだよ。

 “楽だから何もしない”もいい。

 “苦しくても考える”もいい」


リオが頭をかく。


「そんなの、いきなり決められねぇって」


「だからゆっくりでいいんだよ。少しずつ、自分の中で決めればいい」


僕は板にこう書いた。


 今日の授業:

 「ムカつきを分解する」


「ムカつくのはいい。でも、“なんでムカついてるか”がわかると、行動を選べる」


「ぶんかい……?」


「そう。分けて整理する。

 誰に? 何に? どうされたから? どうしたいのか?」


僕は例を示した。


「“蹴られてムカつく”でいこうか」


「うん」


「“誰に蹴られてる?”」


「見回りのやつら!」


「“なんで蹴られてる?”」


「どけるのが遅いから……」


「“どうなってほしい?”」


「蹴られたくねぇ!」


ここまで来ると、子どもたちの表情が変わり始める。


「じゃあ――

 “蹴られにくくする方法”を考えることはできるよね」


「たとえば?」


「見回りが来たら早めに道を空ける。

 あるいは、通りそうな時間帯は別の場所にいる」


リオが苦い顔をした。


「……なんかムカつくけどよ」


「いいんだよ。ムカついても。

 でも、“どう動けば危険が減るか”を考えるのは、君たちにもできる」


子どもたちが黙ってうなずいた。


「“なんで?”は武器だ。でも、向ける方向を間違えると自分を傷つける」


僕はそう付け加えた。


記憶は曖昧なのに、

“自分を責め続けて壊れた誰か”の影が脳裏にちらついた。


「だから、“どうすればちょっとマシになるか”に向けて使うこと」


ミナが小さくつぶやく。


「……ちょっとマシ……」


「世界は一気に良くならない。でも、“ちょっとマシ”は作れる」


そのとき、路地の入口から酒臭い声が響いた。


「おい、お前ら。ここで何やってんだ」


ミナの肩がびくっと跳ねた。


「父ちゃん……」


くたびれた男が立っていた。

目は赤く、疲れと苛立ちが混ざった顔。


「また変な奴に話聞いて……余計なこと考えんなって言ったろ」


男は僕をにらみつける。


「お前が“先生”か?」


嫌な声だった。


僕は立ち上がって軽く頭を下げる。


「はい。少し字と考え方を教えていました」


「考え方なんぞ教える必要ねぇ。

 この街は“黙って働く”もんなんだよ」


男は吐き捨てるように言った。


「教会の説教聞いてねぇのか?

 “口より手を動かせ。

 頭より膝をつけ。

 文句言う暇があったら祈れ”ってな」


子どもたちが顔を伏せる。

きっと何度も聞かされてきた言葉なのだろう。


僕はその言葉を咀嚼するように繰り返し、ゆっくり言った。


「……強い言葉ですね。でも、

 その結果が“今のスラム”なら、別のやり方を試したくなるのも自然です」


男の目が細くなる。


「なんだと?」


「黙って働くのが正しいなら……

 この街、もっと暮らしやすくなっていませんか?」


僕は路地を指す。


「でも、現実は違う。

 なら、“黙る以外の方法”も一度くらい試してみてもいい」


空気が固まった。


子どもたちが息を潜める。


男はしばらく僕を睨んでいたが、やがて舌打ちした。


「……気に食わねぇ」


「ここに座るかどうかは、子どもたちの自由です。

 僕は強制しません」


男はミナを見る。


「帰るぞ」


ミナは震えながら、それでも言った。


「……やだ。

 ちょっとぐらい、聞いててもいいでしょ」


男は腕を掴もうとして――

途中で止まった。


僕と視線がぶつかったからだ。


「……ちっ。

 今日は仕事がある。

 また来るからな、“先生”」


吐き捨てて、去っていった。


子どもたちがようやく息を吐く。


「……今の、大丈夫だったの?」


ミナが不安そうに聞く。


「大丈夫じゃないだろうね」


僕は正直に答えた。


「でも――」


僕は板に書かれた問いの文字列を見た。


「これもひとつ“問い”になる」


「え?」


「“なんで大人は、問いを持たれるのを嫌がるんだろう?”」


子どもたちは黙り込んだ。


この沈黙はいい沈黙だ。

恐れではなく、“考え始めた”ときの沈黙だから。


この日から授業は、

小さく、しかし確かに街の何かを動かし始めた。


まだ、それが何を呼ぶのかも知らないまま。

誤字脱字はお許しください。

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