第19話 沈黙の忠告
19話です。
12月13日改稿
司祭との夜の対話から、一日が過ぎた。
スラムの空気は、明らかに変わっていた。
重く、冷たい。
僕の姿を見て、
露骨に道を変える者。
視線を逸らす者。
ひそひそと声を潜める者。
敵意というより、
「関わるな」という空気だった。
「……先生」
ミナが、そっと袖を引く。
「昨日より……冷たい」
「うん」
僕は短く答えた。
「教団が動いた証拠だね」
「軽く言うなよ!」
リオが噛みつくように言う。
「これ、完全にヤバいやつだろ!」
授業の時間になっても、
集まった子どもは五人だけだった。
路地は静まり返り、
遠くの足音だけがやけに響く。
僕は板の前に立った。
「今日は、“沈黙の忠告”という話をする」
子どもたちは首を傾げる。
「昨日、司祭と話してきた」
ミナが息を呑んだ。
「……無事だったの?」
「帰してはもらえた」
少しだけ間を置く。
「ただし、“次に会うときは裁く側かもしれない”と」
空気が、凍った。
リオの手が、ぎゅっと握られる。
「……脅しじゃねぇか」
「そうだね」
否定しない。
「しかも、正式なやつだ」
「正式……?」
「“これ以上考えさせるな”という、
教団からの明確な警告だ」
子どもたちの視線が揺れる。
「じゃあ……」
ミナが震える声で聞く。
「授業、やめるの?」
僕は首を横に振った。
「やめない」
即答だった。
「危ないよ……」
「危ない」
認める。
「でも、“危ないから黙る”という教えは、
この街にはもう十分すぎるほどある」
沈黙。
僕は板に、一行だけ書いた。
沈黙は、強制されたときに武器になる
「これが、教団のやり方だ」
リオが吐き捨てる。
「声出したら殴られて、
黙ってたら“いい子”扱い……
ずっとそれだ」
「そう」
僕はチョークを置いた。
「でもね。
黙らされ続けると、
人は“自分が何を考えているか”すら、
分からなくなる」
ミナが、小さく息を吸う。
「……それ、怖い」
「うん。
だから今日の授業は、ひとつだけ」
子どもたちの顔を見る。
「黙りたいときに黙る」
「言いたいときに言う」
「その“選択”を、
自分で決める練習をする」
「……それだけ?」
「それだけでいい」
「それができる人間は、
沈黙を“奪われない”」
そのとき――
路地の入口に、人影が立った。
「……先生さんよ」
見回りの男だ。
昨日とは違う顔。
「司祭さまの指示だ。
“先生の言動を記録しろ”ってな」
僕は板から手を離し、向き直る。
「記録、ですか」
「ああ。
今日は“聞くだけ”だそうだ」
男は腕を組み、壁にもたれた。
「続けていいぜ。
全部、見ててやる」
「……なんであんなに余裕なの」
ミナが小声で言う。
「完全に監視じゃねぇか……」
リオが低く唸る。
僕は、深く息を吸った。
(ここで怯めば、
“沈黙が正解だった”と教えることになる)
だから、笑った。
「では、授業を続けよう」
見回りの前で授業をする。
それは挑発ではない。
撤退しないという意思表示だ。
これは、試し合いだ。
教団が
「どこまで許容するか」を測っているように、
僕も
「どこまで踏み込めるか」を測っている。
退けば、
沈黙が勝つ。
退かなければ、
次はもっと露骨な手が来る。
それでも――
ここからは、もう下がれない。
子どもたちの前で、
“黙るほうが賢い”という物語を、
これ以上勝たせるわけにはいかなかった。
誤字脱字はお許しください。




