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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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18/105

第18話 司祭の誘い

18話です。

12月13日改稿

翌日の夜。

スラムの片隅で寝支度をしていた僕の前に、

ひとりのシスターが立っていた。


「先生。

 司祭さまがお呼びです」


(……やはり来たか)


「今から?」


「“人目のない時間がいい”と」


理由は聞かなくても分かる。

僕は立ち上がった。


「案内してください」



教会の奥は、昼間とは別の顔をしていた。

蝋燭の明かり。

音を吸い込む石壁。

空気が冷たい。


司祭は机に向かい、何かを書いていた。

ペンを置き、こちらを見上げる。


「夜分に失礼します、先生」


「いえ。呼んでいただけるのは光栄です」


司祭は微笑んだ。

だが、その表情には昼間の柔らかさがない。


「昨夜の対話は、有意義でした」

「先生の思想には、理解できる部分もあります」


「それはどうも」


「ですが――」


司祭は椅子に深く腰掛け、

はっきりと言った。


「“スラムの子どもたちに教える”となると、話は別です」


「なぜでしょう」


「あなたの授業は、彼らの“運命”を変える可能性がある」


「それが問題だと?」


司祭は少しだけ間を置いた。


「運命には、

 変わってよいものと、

 変わってはならないものがあります」


声が低くなる。


「スラムの子どもたちが“考え始める”ことは、

 街の秩序にとって危険です」


「不満が生まれ、

 怒りに変わり、

 やがて暴力になる」


「我々はそれを、何度も見てきました」


理屈としては、正しい。

だからこそ厄介だ。


「ですから先生」

「――やめていただきたい」


沈黙。


「教育を、ですか?」


「ええ。

 字も、計算も、考え方も」


「見返りは?」


司祭は即答した。


「安全です」


「見回りには手を出させません」

「教団も、あなたを追いません」


「スラムで生きるには、十分な条件でしょう」


そして、淡々と条件を重ねる。


「ただし、約束していただきたい」


「“沈黙の教え”を否定しないこと」

「教会に逆らわないこと」


(……これは取引ではない)


(降伏勧告だ)


「もし、断ったら?」


司祭の声は揺れなかった。


「――子どもたちが苦しみます」


それは脅しではなかった。

“事実として起こる未来”を告げる声だった。


ミナの顔。

リオの顔。

名前も知らない、あの子たち。


僕は一度、深く息を吸った。


「ひとつ、質問してもいいですか」


「どうぞ」


「あなたは、本当に」

「子どもたちが“静けさ”を望んでいると、思っていますか」


司祭は答えを急がなかった。


「望んでいなくても」

「従うことが、幸せなのです」


……そう来るか。


僕は立ち上がった。


「お話は、よく分かりました」


司祭の目が細くなる。


「理解していただけましたか」


「理解しただけです」

「同意はしていません」


その瞬間、

司祭の微笑みが消えた。


「……なるほど」


「僕は子どもたちに」

「“選ぶ力”を教えたいだけです」


司祭は、氷のような声で言った。


「では先生」

「次に会うときは――」


「あなたを“導く側”ではなく」

「“裁く側”として接するかもしれません」


僕は頭を下げ、背を向けた。


背後で、司祭の声が落ちる。


「気をつけなさい」

「スラムの闇は深い」

「光を掲げる者は、真っ先に狙われる」


振り返らずに答える。


「それを“闇”と呼ぶかどうかを」

「決めるのは、子どもたちです」


扉を閉めると、

冷たい空気がふっと薄れた。


司祭は今、

僕を“敵である可能性”として正式に認識した。


次は――

制度が動く。


それでも、退かない。


“子どもたちに見せたい世界”は、

教団が守ろうとする世界より、

はるかに広いのだから。


誤字脱字はお許しください。

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