第14話 日曜の説教と、名前の出ない敵
14話です。
12月11日改稿
日曜。
教会の鐘が、いつもより重たい音を響かせていた。
「先生、今日も行くの?」
ミナが袖を掴む。
「行くよ。
子どもたちがどんな話を聞かされてるのか、見ておきたい」
「怒られない?」
「むしろ、“怒られるかどうか”を確認したい」
◆
教会の中は、普段より明らかに人が多かった。
スラムの住人だけでなく、上の街の人間もちらほら見える。
壇上には、見慣れない男が立っていた。
黒い法衣。
抑えた目の動き。
声の出し方を完全に心得た、教団の人間。
(……来たな)
シスターが紹介し、司祭は静かに一礼した。
「この街の静けさを、神は喜んでおられます」
第一声から、目的が透けて見える。
「皆が、自分に与えられた場所を受け入れ、
不平を言わず、ただ祈り、働いている。
それは、美しいことです」
周囲で、安心したようにうなずく大人たち。
司祭の声が少しだけ低くなる。
「しかし――最近、その静けさに“小さな波”が立ち始めています」
空気が揺れた。
「“なんで?”と問い、
“本当にこれでいいのか”と疑う者がいる」
子どもたちの視線が、反射的に僕の方へ向いた。
司祭は続ける。
「問いを持つこと自体は罪ではありません。
しかしそれを使って“自らの位置を否定する”なら、
それは神の秩序への反逆です」
「“与えられた器を越えようとする水は、
こぼれて地を濁すだけ”」
決まり文句なのだろう。
よく通る声で、迷いなく言い切った。
「子どもに、本来持たぬ望みを抱かせる大人。
それは本当に、彼らを愛していると言えるのでしょうか」
僕は沈黙を選んだ。
ここは相手の“場”だ。
「名前は出しません」
司祭は穏やかに笑う。
「しかし、皆さんの中には既に“心当たり”があるはずです」
その瞬間、会堂の空気がわずかにざわついた。
一番危険な煽り方だ。
「迷ったときは、教会に相談しなさい。
“考えるより先に、祈りなさい”。
祈りは静けさを生み、静けさは街を守ります」
説教は僕の名前を出さないまま終わった。
だが、十分だった。
◆
教会を出るとき、背中に刺さるような視線を感じた。
怯え。
疑い。
警戒。
(……始まったな)
ミナが袖を掴む。
「せんせー……ほんとに大丈夫?」
「僕は大丈夫だよ」
「ほんとに?」
「うん。でもね——」
僕は振り返り、教会の扉を見た。
「“名前を出さずに敵を作るやり方”のほうが、本当は怖い」
「……どうして?」
「“あいつが悪い”って言うより、
“悪い奴がいる。誰とは言わないけどね”って言うほうが、
人の頭の中で勝手に敵を作るから」
ミナは難しい顔をしたが、
言葉の重さは感じ取っているようだった。
「ここからは、慎重に動く」
「逃げないの?」
「逃げたら、“やっぱり悪い奴だったんだ”って噂が完成する」
「……ずるい」
「そう。心理戦っていうのは、
こういう“ずるさ”で人を動かすんだよ」
だからこそ、
こちらも“言葉”で対抗するしかない。
僕は空を見上げた。
(そろそろ、直接話をしてみるか)
司祭と向き合うために——。
誤字脱字はお許しください。




