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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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105/108

第105話 理由を言えない人

105話です。

朝の市場は、いつも通り開いていた。


魚は並び、

野菜は籠に積まれ、

人々は値を確かめながら歩く。



ただ一つ違うのは――

視線の向きだった。



以前は、

品物を見る目だった。


今は、

人を見る目が増えている。



それは鋭さではない。

敵意でもない。


“確かめる目”だ。



ミナは、

その視線を背中に感じながら、

水袋を抱えて歩いていた。


(……見られてる……)



理由は分からない。

何かした覚えもない。



でも、

昨日からずっと、

同じ感覚が続いている。



倉庫に着くと、

入口の紙がまた変わっていた。



「理由が書けない場合は、無記名で構いません」



ミナは、

一瞬、息を止める。


(……書けない人のことまで……

 想定されてる……)



リオが、

低く言った。


「……ずいぶん、親切だな」



皮肉ではない。

事実としての違和感だった。



先生は、

その紙を一瞥し、

何も触れない。



授業は、

今日も短い。



先生は、

地面に何も描かず、

ただ言った。


「今日は、

 “言えない理由”の話をする」



誰かが、

小さく身じろぎする。



「理由がないから言えない人もいる。

 でもね――」



先生は、

一人ひとりを見る。



「理由が“言葉にならない”から、

 言えない人もいる」



ミナの胸が、

ぎゅっと縮む。



(……それ……私だ……)



「感じた違和感。

 でも説明できない。

 証拠もない。

 数字にもならない」



「それは、

 考えていないんじゃない」



「考えすぎて、言葉が追いついていないだけだ」



その言葉に、

何人かが目を伏せた。



「でも、

 外からは区別がつかない」



「“考えていない人”と

 “言えない人”は、

 同じ沈黙に見える」



空気が、

少しだけ重くなる。



「だから――」



先生は、

言葉を選んだ。



「沈黙に、

 意味を決める人が現れる」



リオが、

ぽつりと言う。


「……決める人って……誰だ?」



「一番、

 安心したい人だよ」



その答えに、

誰も笑わなかった。



昼過ぎ。


井戸のそばで、

小さな会話が交わされていた。



「……あの人、

 理由、出してないらしい」



「書いてないの?」



「うん。

 昨日も、一昨日も」



声は低い。

悪意はない。



ただ、

事実を共有しているだけだ。



「……気づいてないのかな」



その言葉が、

宙に残る。



ミナは、

遠くからそのやり取りを聞き、

足が止まった。



(……気づいてない……

 って……)



次の声が続く。


「それとも……

 気づいてて、言わないのか?」



沈黙。



誰も答えない。

でも、

全員が同じ方向を見る。



“理由を言えない人”のほうを。



夕方。


倉庫に戻ると、

先生が珍しく、

紙を手に取っていた。



書かれているのは、

短い文。



「分からない、という理由では足りませんか」



先生は、

それを読み終え、

静かに畳む。



「……足りない、と思う人が増えたな」



リオが、

腕を組む。


「先生、

 これさ……」



「うん」



「もう、

 質問が“安全じゃない”ところまで

 来てねぇか?」



先生は、

すぐに否定しなかった。



「質問自体は、

 まだ善意だ」



「でもね――」



「質問を向けられる側が、

 “答えないと危険”だと感じた瞬間、

 それは質問じゃなくなる」



ミナの喉が、

ひくりと鳴る。



(……悪意じゃない……

 でも……)



夜。


市場の灯りが落ちる頃、

新しい囁きが生まれていた。



「……理由を言えない人って、

 ちょっと怖くない?」



それは、

誰かを傷つける言葉ではない。



だが――

誰かから距離を取る理由にはなる。



先生は、

その夜、

ノートに一行だけ書いた。



「悪意とは、

 誰かを疑うことではない。

 疑っていいと思える空気が生まれることだ。」



窓の外。


誰かが、

そっと紙を裏返す音がした。



街はまだ静かだ。


だが、

沈黙の中に、

**“選別の目”**が芽を出している。


誤字脱字はお許しください。

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