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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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103/107

第103話 知らせておいたほうがいい

103話です。

朝、鐘は鳴らなかった。


それだけで、

街の空気は少しだけ軽かった。



井戸のそばで、

二人の大人が話している。


声は低い。

笑顔もある。


「昨日のあれさ……」

「ああ、見てた」



“見てた”。


その言葉が、

もう特別ではなくなっている。



ミナは水桶を運びながら、

その会話を聞いてしまった。


(……昨日の、通過の話……)



「問題なかったよな」

「うん。ちゃんと理由もあった」



理由。


まただ。



倉庫に着くと、

先生はまだ来ていなかった。


その代わり、

入口のそばに紙切れが置いてある。



小さな紙。

文字は少ない。


「何かあれば、声をかけてください」



誰が置いたのか、

書いていない。



子どもが聞く。


「これ、なに?」



大人が答える。


「親切だよ。

 困ったら、

 ちゃんと伝えられるだろ」



ミナは、その紙を見つめた。


(……“伝える”って……

 誰に……?)



先生が来たのは、

いつもより少し遅かった。



紙に気づき、

何も言わず、

それを拾って畳む。



そして、

ポケットに入れた。



「今日は、少し歩こう」



街を一周する。


それだけの授業だった。



途中、

先生は立ち止まらずに話す。


「昨日ね、

 街に“役割”が生まれた」



誰もが知っている。

けれど、言葉にされるのは初めてだ。



「今日は、

 その役割が“連絡”に変わる日だ」



ミナの胸が、きゅっと縮む。



通り角で、

小さな騒ぎがあった。



子どもが、

決められた場所ではないところで

遊んでいた。



「こら、そこは……」



注意の声。

強くない。



だが、

別の大人が言う。


「まあまあ。

 でも、一応……」



「一応、何?」



「先生に……

 伝えといたほうがいいかもな」



その場が、

一瞬だけ静まる。



子どもは、

遊びをやめた。



ミナは、

その様子から目を離せなかった。


(……何も起きてないのに……)



先生は、

歩いたまま言う。


「今のがね」



全員が、

息を詰める。



「“知らせる”が

 “正しい行動”に変わる瞬間だ」



誰かが、戸惑って言う。


「でも……

 悪いことじゃないだろ?」



先生は、否定しない。



「悪くない。

 むしろ、

 最初は“善意”だ」



「困る前に、

 知らせておいたほうがいい」



「問題が起きる前に、

 共有しておいたほうがいい」



「全部、

 間違っていない」



ミナは、思う。


(……じゃあ、どこが……?)



先生は、

足を止めた。



「“誰が決めるか”だよ」



静かだが、

はっきりした声。



「何が問題か」

「何を知らせるべきか」

「誰に伝えるのか」



「それを、

 “自然に正しい人”が

 決め始めたとき」



先生は、

地面を指した。



「そこに、

 境目が生まれる」



誰かが、言う。


「境目……?」



「知らせる側と、

 知らせられる側」



「説明する側と、

 説明を求められる側」



ミナは、

昨日の“通過”を思い出す。



理由が通れば、安心。

通らなければ――。



「その境目はね、

 見えない」



「でも、

 越えられない人が

 必ず出る」



歩きながら、

先生は続ける。



「知らせることが増えると、

 次は“残す”が欲しくなる」



「残す……?」



「言った、言わない」

「聞いた、聞いてない」



「そういう争いを避けるためにね」



ミナの背中が、

ぞくりとする。



(……それ……

 昨日の紙の続きだ……)



倉庫に戻ると、

朝の紙が、増えていた。



「気づいたことは、書いてください」



誰も命じていない。

誰も強制していない。



それでも、

鉛筆が置かれている。



先生は、

その紙をじっと見た。



「これも、善意だ」



誰かが、うなずく。



「でもね」



先生は、

ゆっくりと言う。



「善意は、

 集まると“基準”になる」



「基準は、

 外れる人を作る」



ミナは、

息をするのを忘れた。



「今日の授業は、ここまで」



誰も不満を言わない。



むしろ、

考え込んだ顔で散っていく。



夕方。


井戸のそばで、

ささやき声がした。


「……あの家、

 最近、静かすぎないか?」



「一応……

 書いとく?」



ミナは、

その言葉を聞いてしまった。



振り返ると、

紙と鉛筆を持った手が、

少しだけ震えている。



(……悪意じゃない……

 でも……)



空は、

相変わらず曇っていた。



街は今日も平和だ。


誰も捕まらない。

誰も怒鳴られない。



ただ一つだけ、

昨日と違うことがある。



「気づいたこと」は、

もう“自分の胸の中”に

留めなくていいことになった。



その夜。


先生は、

ポケットから畳んだ紙を取り出し、

そっと火にくべた。



燃える紙を見つめながら、

小さく呟く。


「……次は、

 “書かなかった理由”が

 問われるな」



炎が揺れ、

紙は灰になった。



街のどこかで、

鉛筆が、静かに走り始めている。


誤字脱字はお許しください。

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