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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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102/107

第102話 見ているだけの仕事

102話です。

朝の空気は、前日と変わらなかった。


火は起こされ、

水は汲まれ、

子どもたちは、いつもの場所に集まる。


違うのは――

視線の数だけだった。



「……あの人、今日も早いな」


誰かが、ぽつりと言う。


名前は出ない。

指もささない。


ただ、目線だけが向く。



ミナは、その目線の流れに気づいた。


(……見てる……

 でも、誰も“見てる”って言わない……)



倉庫の前。


先生は、まだ来ていなかった。


その代わり、

鍋の近くに立つ大人が、

ひとり増えている。



「何してるんですか?」


子どもが聞く。



大人は、少し照れたように答えた。


「いや……別に。

 見てるだけだ」



「見てる?」



「うん。

 ちゃんと回ってるかどうか」



その言葉に、

周囲の大人がうなずく。


「大事だな」

「最近、人増えたしな」



誰も反対しない。


むしろ、

安心した顔をする。



ミナの胸が、ひくりと鳴る。


(……“ちゃんと”って……

 何を基準に……?)



昼前。


倉庫に、先生が来た。


だが今日は、

何も描かない。



「今日は、質問はしない」


そう言って、

壁にも床にも触れなかった。



代わりに、

人の動きを見ている。



子どもが、ささやく。


「先生、何してるの?」



先生は、静かに答えた。


「仕事を見てる」



「仕事?」



「うん。

 “見ているだけの仕事”」



ミナは、はっとする。


(……今朝の……)



先生は続ける。


「さっきからね、

 街に新しい役割が生まれてる」



「役割……?」



「“やる人”じゃない。

 “見ている人”の役割だ」



誰かが、戸惑った声を出す。


「でも……

 見てるだけなら、

 悪くないんじゃ……?」



先生は、

否定もしない。



「悪くないよ。

 最初はね」



その言葉に、

空気が少し張る。



「でも、

 見ている人は、

 だんだん“確認”を始める」



「確認……?」



「うん。

 “ちゃんとしているか”を」



ミナの指先が冷たくなる。



「確認が増えると、

 次は“記録”が欲しくなる」



誰かが、笑って言う。


「そんな大げさな」



先生は、静かに返す。


「大げさになる前に、

 自然になるんだ」



そのとき、

外から声がした。


「ちょっといいか?」



朝、鍋のそばに立っていた大人だ。



「昨日の件なんだけどな……」



声は低い。

責める調子ではない。



「理由、聞いてなかっただろ。

 やっぱり、

 一応は知っといた方がいいと思ってさ」



理由。



その言葉に、

周囲の空気が、わずかに固まる。



問われた男は、

しばらく黙り、

答えた。


「……親の具合が悪かった」



「ああ……」

「それなら仕方ないな」



その場は、

それで収まった。



誰も怒らない。

誰も責めない。



ミナは、

逆に怖くなった。


(……今の……

 正解だったから、通った……)



先生が、ぽつりと言う。


「今のがね」



全員が、そちらを見る。



「“通過”だよ」



「通過……?」



「理由が、

 “受け入れられる形”だったから、

 通った」



「もし、違ったら?」



先生は、

少しだけ間を置いた。



「“次は気をつけよう”になる」



誰かが、言う。


「それも……悪くないんじゃ?」



先生は、首を振らない。



ただ、こう言った。


「そうやって、

 “気をつける人”と

 “見ている人”が

 分かれていく」



ミナの胸に、

前話の感覚が蘇る。


――線。



「線はね、

 最初は優しい」



「でも、

 線のこちら側にいると、

 あちら側が

 “説明不足”に見える」



沈黙が落ちる。



外では、

子どもたちの笑い声がする。



変わらない日常。

変わり始めた構造。



先生は、最後に言った。


「今日、

 悪意を持った人はいない」



「でも、

 “疑われる側”は

 もう生まれてる」



ミナは、気づいてしまった。


今日からこの街では、


「何もしていない」が

理由を必要とし始めている。



夕方。


鍋の片付けをしながら、

誰かが言った。


「今日も、問題なかったな」



それを聞いた瞬間、

ミナは背中が寒くなった。


(……“問題がない”って……

 誰が決めたんだろう……)



空は、変わらず曇っていた。


だが、

街の中では、

静かに新しい仕事が始まっていた。


――

見ているだけの仕事。


そしてそれは、

いつか必ず、


“見る権利”の話に変わる。


こんな時代だからこそ、もう一度、何のための制度で、何のための教育なのかを、思い出してみるのも良いかと思って書いてます。

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