表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/107

第101話 善意の名をした線

101話です。

朝の準備は、滞りなく進んでいた。


鍋は並び、

水は満たされ、

役割も、自然に分かれている。


誰が決めたわけでもない。

だが、誰も迷わない。



「今日は、あの人が火番だな」

「昨日もそうだった」


軽い声。

確認の声。



ミナは、その会話に引っかかりを覚えた。


(……“昨日も”って……

 いつから、数えてるんだろう……)



昼前。


倉庫に、先生はいなかった。


代わりに、

いつもの円も、線もない。


子どもたちは、

自然と集まってきている。



「先生、今日は来ないのかな」

「忙しいんじゃない?」



誰も不安がらない。

それが、少し不思議だった。



外で、声がする。


「なあ……」

「ちょっといいか」


大人の声。



鍋の近くで、

三人が立ち止まっていた。



「昨日さ……」

「理由、言わなかっただろ」



言われた男は、戸惑った顔をする。


「……言わなきゃ、だめか?」



「いや、だめじゃない」

「ただ……」


言葉が濁る。



「みんな、心配してたからさ」



責める調子ではない。

怒りもない。


むしろ、気遣いだ。



ミナの胸が、ざわつく。


(……これ……

 昨日の授業で言ってた……

 “善意の線”……)



男は、しばらく黙ったあと、

短く言った。


「……私用だ」



空気が、一瞬だけ止まる。



「私用って……」

「どんな?」



問いは、柔らかい。

声も、穏やかだ。



だが――

そこには、はっきりした方向があった。



男は答えなかった。



すると、

別の声が重なる。


「まあ、いいじゃないか」

「やることはやってる」



救う声。

庇う声。



その瞬間、

ミナは気づいた。


(……今……

 “分かれた”……)



理由を聞く側。

聞かなくていいと言う側。



どちらも、善意だ。



どちらも、

「街のため」だと思っている。



先生の言葉が、

遅れて胸に浮かぶ。


――善意は、揃ったときに怖くなる。



倉庫に戻ると、

先生がいた。


何も描いていない。

ただ、座っている。



ミナは、我慢できずに聞いた。


「先生……

 今日……

 変な空気だった……」



先生は、少し考えてから答えた。


「うん。

 線が一本、引かれたね」



「誰が引いたんですか……?」



先生は、首を振る。


「誰でもない」



「だからこそ、消しにくい」



ミナは、唇を噛む。


「……悪いこと、した人はいないのに……」



「そう」


先生は、静かに続ける。


「“悪意のない正しさ”が、

 一番、扱いが難しい」



先生は、

床に小さな印を描いた。


線ではない。

点でもない。


ただの、角。



「ここが、境目だ」



「質問が、

 “考えるため”から

 “測るため”に変わった」



ミナは、息を呑む。


(……測る……

 誰が、どこにいるか……)



「測り始めると、

 人は安心する」



「安心すると、

 揃えたくなる」



「揃えると――」



先生は、

言葉を止めた。



「……揃わない人が、

 目に入る」



外で、笑い声がする。


いつも通りの街だ。



でも、

ミナはもう分かってしまった。


この街に、

“見えない印”が

刻まれ始めていることを。



それは、

まだ名前を持たない。


誰も、

「悪意」とは呼ばない。



けれど――


次に何かが起きたとき、

その印は

“当然の顔”で使われる。



先生は立ち上がり、

倉庫の扉を開けた。


「今日は、何もしない」



「ただ――

 どんな“質問”が、

 どんな顔で投げられるか、

 見ておこう」



その日の夕方。


街では、

「大丈夫か?」という言葉が、

昨日より少しだけ、

重く響いていた。


誰もそれを、

疑問に思わなかった。


チョークシリーズは他の先生の物語もありますのでよろしければご覧ください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ