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『チョーク一つで世界を変える〜異世界教育改革〜』  作者: くろめがね


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100/105

第100話 理由を聞かれる日

100話です。

朝の空気は、昨日と変わらなかった。


鍋は出され、

水は運ばれ、

火は――


少し遅れて点いた。


それだけの違い。



「……今日、遅くない?」


誰かが言った。


責める声ではない。

確認するような、軽い声。



「さっきまで来てなかったよな」

「寝坊かな」


笑い声も混じる。



ミナは、そのやり取りを聞きながら、

胸の奥が小さく波立つのを感じていた。


(……昨日なら……

 誰も気にしなかった……)



火を見る役の男が、遅れて現れた。


「悪い。子どもが熱出してさ」


「ああ、そりゃ大変だ」


誰も怒らない。

誰も責めない。



それなのに。


ミナは気づいてしまった。


(……みんな……

 “理由”を聞いて……

 納得してる……)



その日の配膳は、問題なく終わった。


量も同じ。

流れも同じ。


誰一人、困っていない。



それでも、

昨日とは違う何かが、

確かに街に残っていた。



倉庫で、子どもたちが集まる。


先生は、今日は円を描かなかった。


代わりに、

地面に小さな四角を描いた。


「今日は、

 “やらなかった話”をしよう」



沈黙。



「昨日、

 火を見る人が来なかったら、

 どうなったと思う?」


子どもたちは顔を見合わせる。



「誰かが代わりにやった」

「ちょっと困った」

「待った」



先生は頷く。


「全部、正しい」



「じゃあ、もう一つ」


間を置く。


「今日、

 来なかった“理由”は必要だったかな?」



空気が、少し張る。



ミナは、正直に答えた。


「……分からない……

 でも……

 聞いて、安心した……」



先生は、その言葉を否定しない。


「うん。

 安心するのは自然だ」



「でもね」


声を落とす。


「理由が“必要”になった瞬間、

 “やらない自由”は半分になる」



誰かが、息を呑む。



「昨日までは、

 “やらない”は、そのまま置いておけた」


「でも今日は、

 “やらない”に説明がついた」



先生は、四角の中に点を打つ。


「説明は、

 理解のための道具だ」


「でも――」


点の外に、もう一つ点を打つ。


「使い方を間違えると、

 “線を引く道具”にもなる」



リオが、眉をひそめた。


「線……?」



「“納得できる理由”と、

 “納得できない理由”」



誰も言葉を出さない。



「今日は納得された」


「でも、もし次があったら?」



ミナの喉が、きゅっと鳴る。


(……次は……

 “また?”って……

 思われる……?)



先生は、

その沈黙を肯定するように続けた。


「そのとき、

 誰も『悪意』を持たなくても――」


「街は、

 “見る目”を持ち始める」



倉庫の外。


配膳のあと片付けをする大人たち。


何気ない視線。

何気ない確認。


「今日は来てるな」

「今日は遅かったな」



記録はない。

名前も出ない。


けれど――

覚えられている。



「監視っていうのはね」


先生は、静かに言った。


「高い塔からじゃなくても始まる」



「“気にしている”という行為が、

 積み重なった先に生まれる」



ミナは、胸の奥が冷えるのを感じた。


(……怖い……

 でも……

 誰も悪くない……)



先生は、最後にこう言った。


「だから――」


「“やらない理由”を、

 すぐに差し出さなくていい」



「理由を話すかどうかも、

 選んでいい」



誰かが、ほっと息を吐いた。



「明日も、

 鍋は炊く」


「でも――」


一拍置く。


「“やらなかったこと”を、

 すぐに測らないでほしい」



倉庫を出ると、

夕暮れの街が広がっていた。


静かだ。

穏やかだ。


それでも――

人の視線は、

昨日よりほんの少しだけ、

長く留まるようになっている。


誰もそれを、

悪意とは呼ばない。


まだ。


だがその瞬間こそが、

悪意が生まれる直前だった。


チョークシリーズは他の先生の物語もありますのでよろしければご覧ください。

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