第10話 教団が“危険人物”を見つける
10話です。
12月11日改稿
同じ頃。
教会の一室では、別の“授業”が行われていた。
木の机と椅子。
壁には神像と古びた布。
向かい合って茶を飲んでいるのは、
スラム担当のシスターと、黒い法衣をまとった男だ。
男は、教会本体から派遣された中堅の司祭である。
「例の教師、そんなに問題ですか?」
司祭が穏やかに問う。
シスターは、少し困ったような表情でうなずいた。
「子どもたちが……変わってきているんです」
「どのように?」
「“なんで?”と聞くようになりました」
司祭の眉が、わずかに動く。
「今までは、スープを配れば感謝して黙っていました。
ところが最近は、“どうして今日は薄いの?”と」
「……」
「“どうして上の街の人には、もっといいパンをあげるの?”とか。
そんなこと、言う子は一人もいなかったんです」
司祭は指で机を軽く叩いた。
「教師は、何を教えている?」
「字と……簡単な計算、それから“考え方”を」
「“考え方”」
その言葉を繰り返す声には、わずかな嫌悪が混ざっていた。
「我々は“静かであることは良いことだ”と教えている。
そこへ、“問いを持て”と教える者が現れた」
司祭は椅子にもたれ、ゆっくり息を吐く。
「なるほど。“静けさ”を乱す者ですね」
シスターはうなずいた。
「見回りの者も手を焼いているようです。
殴っても、黙らない子が出てきた、と」
「殴るのは、最後の手段です」
司祭は静かに言う。
「今は、心理から崩すべきでしょう」
「心理……」
「教師の周りの“大人”を使うのです。
“あの男のせいで子どもが変わった”と、不安にさせる」
シスターは目を伏せた。
「……もう、少しそうなり始めています」
「ならば、早めに動きましょう」
司祭は立ち上がる。
「私はしばらく、この街に留まります。
“異端の芽”は、小さいうちに摘むのが教団の務めですから」
「ですが、あの方は武器も力も持っていない、ただの先生です」
「だからこそ、厄介なのです」
司祭は窓の外――スラムの方向を見る。
「武器を持つ者は、武器で制される。
力を持つ者は、力で制される」
「しかし、“考えさせる者”は――
誰にも簡単には止められない」
声は静かだが、硬い確信があった。
「暴力だけに頼る時代は、少しずつ終わりつつある。
これからは、“言葉”のほうが人を動かします」
シスターは不安げに問い返す。
「そんな中で、教団以外が“言葉”を握るのは――?」
「危険です」
司祭は薄く笑みを浮かべる。
「まずは、様子を見ましょう。
直接ぶつかる必要はない」
「どうなさるつもりですか?」
「簡単なことですよ」
司祭は背を向けながら言った。
「“先生のせいで生活が不安定になった”と感じる人間を、
ひとり、ふたりと増やしていけばいい」
「我々はそれを、“導き”と呼びます」
その日の夕方、
スラムのあちこちで、こんな言葉がささやかれ始めた。
「最近、子どもが生意気になった」
「教会の話を素直に聞かなくなった」
「全部、あの“先生”のせいだ」
その同じ頃。
僕はスラムの子どもたちと笑いながら、
明日の授業の話をしていた。
まだ知らなかった。
僕に向けられる視線の一部が、
静かに、冷たく変わり始めていることを。
誤字脱字はお許しください。




