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思い出の宝箱

作者: 明家叶依

 趣味というのは人間生きていれば、歳を重ねれば、変わるものなのだろうかと、会社帰りの僕は電車のつり革を掴みながら、ガラス越しに見える、くたびれた自分の顔をのぞき見していた。


「はあ」


 自分でも、周りに申し訳ないくらいのため息が出る。周りからも視線が向けられる。終電の電車はこんなもんである。きっと周りの人々も同じ気持ちだと僕は思った。


 なぜこんなことを思ったのかというと、三〇代も半ばに差し掛かったころ、ふと、自分は学生時代に何をしていただろうかと一瞬考えた。結婚し、子供にも恵まれ、順風満帆な生活を送っている日々。その為なら仕事もできると、自分では考えていた。


「いや、その為なら仕事をして当然だ」


 ガッツポーズをしていると、周りからの視線がまたまた痛い。声に出ていたようだ。僕はそこに居づらくて隣の車両に逃げ込んだ。隣も混雑しているのかなと思ったが、僕の乗っている車両はエスカレーターの近くで、発車ギリギリの時間に皆が駆け込んできていることに今さらながらに気づいた。


 ちらほらと席が空いていて、僕は男子大学生の隣に腰掛けた。僕が通路を通っていたとき、目が合うと、横に置いてあったリュックサックを膝の上に乗せた。僕は軽く会釈して隣に座ると、向こうも「うぃっす」と小さな声で言った。メガネを掛けているが、たくましい二の腕がTシャツの袖から出ている。


「ありがとう」


 疲れているからか、席を譲ってくれた優しさに少し心が温まり、そんな事を言ってしまった。僕自身、人に席を譲るというのは怖くてしていなかったが、されるとやはり嬉しかった。


「いえ、当然ですよ」


 まさか話しかけられると想定していなかったのか、照れたように鼻の下を掻いていた。僕も話しかけなかった方がよかったかな何て思いながら目を泳がすと、偶然彼が持っているスマホの画面が僕の瞳に映った。


「君もこのアイドル好きなの?」


 職場もあわせて今日一番の声が出た。学生は、変な奴を隣に座らせてしまったと後悔したように後ろにのけぞっている。僕は、驚いた。何より時代を超えてもこのアイドルがまだ愛されている事に。僕が学生の頃にもいて、その時とはメンバーは皆違うけれど、まだ、その名前を引き継いで活躍しているのだ。僕は、仕事に追われていてそんな事まで忘れてしまっていた。


 最寄り駅までその学生と話していると、昔の曲は今も歌い継がれているようで、有名どころの曲で盛り上がった。


 電車を降りて帰路につくと、無性にこのアイドルの曲が聴きたくなった。僕はイヤホンを持っていなかったから音量を最小限にして耳に当てる。さっき聞いたアイドルの新曲を流した。どこかに捨て去られた青春を、もう一度フラッシュバックして目の前に広がるような感じがした。


 家に着いたら妻にイヤホンを買う交渉をしよう……。うん。そうしよう。

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