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日が傾き始めた森。空は茜色に染まり、風がそっと草を揺らしている。


リシェルは、摘んできた薬草を仕分けていた。シオンも、少し離れた切り株に腰掛けてそれを見ている。


「君って、本当に薬草に詳しいんだね。誰に習ったの?」


「母です。とても薬草に詳しいんです。それで、弟と一緒に、小さい頃から教わっていました。

いつか町にでて、兄弟で薬屋を開こうかとも思っていたんですよ」


リシェルはそう言って微笑んだ。シオンに褒められるのが、少し照れくさくて、頬が赤らむ。

自分に興味を持ってもらうのも、かなり嬉しい。


リシェルは、話しながら母を思い出した。自分にそっくりな容姿を持つ母だった。

薬草の扱いが上手で、彼女の作る薬はよく効くと村でも評判だ。

リシェルは、昔の暮らしを思い出しながら、口を開いた。


「私、いつか、もっと強い治癒魔法が使えるようになりたいんです。そしたら、怪我している人たちを助けられるでしょう? 

魔獣退治に行った兵士とか、戦いで傷ついた人とか、いつも私たちを守ってくれている人へのお礼にもなるかなって」


「素敵な夢だね」


シオンが、穏やかな眼差しで彼女を見つめる。

一旦おさまったリシェルの頬が、また赤くなってきた。気づかれないように、顔を上げないまま、答えた。


「でも、本当は、そんなふうに傷つく人がいない世界の方がいいんですけどね。

そう思ってても、現実は、そうもいかないから。だから、今は、治癒魔法を使えるようになるのが、私の一番の夢です」


「うん……そうだね。でも、君ならきっとできるよ」


リシェルの手が、一瞬止まる。目を見開いて、シオンの顔を見る。


「そう言ってもらえるとうれしいです。でも。……どうして、そう思うんですか?」


シオンは少し首をかしげ、笑った。


「言葉には、力があると思うから」


「……力?」


「うん。たとえば『きっとできる』って言い続けてたら、本当にできるようになるかもしれない。少なくとも、僕は、そう信じてる」


リシェルの胸が、どくんと鳴った。


(――“きっとできる”)


その言葉が、やさしく心にしみこんでくる。


「……不思議な人ですね、シオン様は。一緒にいると、なぜか希望が湧いてきます。自分を信じられるようになっていくっていうか……」


「そうかな?」


「はい、そうなんです。そう感じられることが、すごく嬉しいんです。

私って、すぐに自信をなくしちゃうから。シオン様、ありがとうございます。―――私は、きっとできる」


「そう、君はきっとできる」


夕暮れの風が頬をなでて、ふたりの距離をほんの少しだけ近づけた。





夜の森は静かで、星がひときわきらめいていた。

焚き火の火がぱちぱちと音を立て、揺れている。


今日の夕食は、焚き火で肉を焼いて食べようと、カイルが言い出してそうなった。

護衛二人は今、森の中で、獣の解体中である。

その待ち時間に、リシェルが焚き火でスープを作ってシオンに振舞っていた。

焚き火の前に並んで腰を下ろし、仲良くスープを飲んでいる。


「あったかいですね」


「うん。あったかいし、おいしい。君が摘んできてくれた薬草、このスープに入ってるよね? いい香りだ」


「え、わかります? ほんの少しだったから、わからないと思ってました。回復力を上げる効果があるんです」


「いや、ちゃんとわかるよ。僕の腕の傷を心配してくれているのかな? そういう気遣いって、なんだか嬉しいな」


不意に向けられた笑みが眩しすぎて、リシェルは慌てて視線をそらす。

リシェルは自分のことを面食いだと、思ったことはなかった。

だけど、この王子様は顔がいいだけではなくて、とても優しい。


これはずるい。ずるい王子様だ。

彼を好きにならすにいるのは、ちょっと難易度が高すぎませんかと、リシェルは神に文句を言う。

火の熱のせいじゃないのに、頬が熱くなっていた。


「……そう言われると、なんか、恥ずかしいです」


「ふふ。恥ずかしがらせたかな? ごめんね」


「からかってます?」


「まさか。ただ、もっと君のことを知りたいと思っただけだよ」


再び顔を向けられて、目が合う。

リシェルは、火の粉のように小さく胸が弾けるのを感じた。



そこから少し離れた場所。

そこから、カイルとアランが見守っていた。


夜の森に、焚き火の赤がぽつりと灯っているのが見える。

シオンとリシェルは、焚き火の前に並んで仲良くスープを飲んでいる。

言葉少なでも、二人が心地よさそうに火を見つめるているのがわかる。



「シオン、楽しそうだな。これじゃあ、なかなか俺たち、出ていけないじゃないか」


カイルが、焚き火の方向を見つめながらつぶやいた。


「そう見えるな。もう少し、ここで待機しよう」アランも頷いた。


「ここ最近……いや、正確には、呪われてからずっと、あんな表情はしていなかった」


カイルの声には、安堵と喜びが滲んでいた。


「もともと、無理する方だろ。王族なのに、誰よりも先に危険に飛び込む。誰よりも自分を後回しにする」


アランが静かに続けた。


「怪我しても、疲れても、絶対に顔に出さないしな……。

『自分が傷つけば、他の誰かが傷つかずに済む』なんて、本気で思ってるふしがある。それで呪いまで受けてしまって」


カイルの拳が膝の上でぎゅっと握られる。


「シオンは……優しすぎるんだ。昔、ガキの頃から、言ってたよ。

『僕が王になる必要なんてない。弟も従兄もいるからね。国が平和であれば、それでいいんだ』ってさ」


アランの視線が、遠く焚き火の前にいるシオンへと向けられる。


「俺たちはずっと、シオンが、無茶をするのを止められなかった。

あの婚約破棄事件を忘れるために無茶しているのだとわかっていても、あの悲しい瞳で微笑まれると、どうすることもできなかった。だが、今はいい顔をして笑っているな」


「そうなんだよ! アランもそう思うだろ? あれほど女に拒絶反応を示していたのに、あの笑顔だ。

リシェルには、全然違う顔を見せるんだから、笑っちゃうよ。

やっと、いい人に出会えたのかなあ。呪いがどうなるかはまだわからないけど、彼女がいれば、シオンの心も癒されそうだよな? 

この分じゃ、エリザベスがつけた傷もすぐに癒えそうな気がするぜ」


カイルはそう言って、ふと思いついたように、隣に座るアランの顔を見た。


「なあ、お前、クラリスのことは忘れられたか?」


「クラリスか……。久しぶりに聞く名前だな。前は思い出すときもあったが、今ではほとんど思い出すことはない。

思い出しても、感傷に浸ることはないし、反対に怒りがこみ上げることもない。

たぶん、関心がなくなったんだろう。もともとそんなに思い入れがあった相手ではないんだ」


「そうか。それは本当に忘れていそうだな。そんな感じなら、お前の心配はいらなさそうだ。

俺もさあ、アイリーンのことは忘れようと思ってるんだぜ? だけど、なかなか……難しいよ」


「あれから4年経つのに、まだ忘れられないのか」


「ガキの頃からの付き合いだったから、というのもあるかもしれない。再度婚約したいとは、絶対に思わないし、もうあいつはこりごりだけど。でも、やっぱり、未練なのかなあ」


アランは、カイルを眺め、「それは辛いな」と言ってため息をついた。


「失った恋で受けた傷は、新たな恋で癒せればいいな。シオンの受けた傷もリシェルが癒してくれるといいんだが。そうなることを心から願うよ」



彼らは、黙って、遠くに見える主の姿を眺めていた。

その心にあるのは、ただの忠誠心ではない。

誰よりも近くで主を見守ってきたからこそ、抱いてきた“祈り”のような思い。

―――シオンには幸せになって欲しい。

どこまでも純粋なその気持ちだった。


その視線の先で、シオンとリシェルが、同じ炎を見つめながら、そっと微笑み合っていた。

誰が見ても、恋人同士のような顔で。


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