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朝の光が、森の木々のすき間から差し込んでいた。


「ほら、アラン。もうちょっと優しく掘らないと、イモに傷がついちゃうじゃないか」


「はあ? だったら自分がやればいいだろ」


「そんな怒るなよ。自分だって食べるんだろう?……ね、リシェル。こいつ短気でごめんね」


「いいんです、カイルさん。私が手伝ってもらっているんですから」


リシェルは笑って、鍬で土を掘り返した。

小さな畑には、人参や玉ねぎ、じゃがいもなど、食事に必要な野菜が植えられている。毎日の食卓を支える大切な場所だ。


「それにしても、森の中で畑仕事とはな……俺は、王都じゃ剣しか持ったことなかったのに」


アランが嘆きながら、イモを掘り起こしている。


「シオンを置いて町に野菜を買いに行くよりも、ここで作る方が格段に安全だし、楽じゃないか。野菜を分けてくれるリシェルに感謝しなきゃ」


「……そりゃそうだけど」


そんなやりとりをしながら、カイルとアランも手を動かしている。


カイルは侯爵家の次男で、明るく楽天的な性格で、世話好きな青年だ。いつもせっせとシオンの世話をしているが、たまにやりすぎて困らせていることもある。


対するアランは伯爵家の嫡男である。慎重な性格で、なんでもやや難しく考える傾向がある。


二人は正反対の性格だが、シオン王子が大好きという点で一致しているようだ。


「じゃあ、行ってきますね。後はお願いします。それ、今日の夕飯のスープになりますから!」


そう言って、リシェルは小さな籠を手に、森の中へ消えていった。


貴重な薬草が生えている場所が森の奥にあるのだ。

午後は、その薬草を畑の隅に並べ、乾かしておく。

夜なるとそれを取り込み、また、翌朝になると畑に並べる。

完全に乾燥したら、それを粉にして、小瓶に分けておく。


そうやって出来た粉末を何種類か混ぜて薬を作る。その調合の比率が、薬師としての腕の見せ所である。


リシェルはその際、自分の治癒魔法をかけながら作る。

そのせいかどうかはわからないが、リシェルの作る薬はよく効くと評判である。


「これ……よかったら、使ってください。傷によく効きます」


ある日、リシェルは瓶を差し出した。シオンはそれを受け取って、そっと蓋を開ける。


「ありがとう。いい匂いがする。カイルから聞いたけど、とてもよく効くそうだね。調合がいいんだろうね」


微笑むシオンに、リシェルの頬が少し赤く染まった。


今はこれくらいしかできないけれど、いつかもっと役に立てるようになりたい、と心で願う。


夜になり、みんなで食卓を囲む。

カイルの作った焼き立てのパンと、リシェルが作った野菜スープ。畑で採れた野菜が、ごろごろと入っている。


「アラン、スープ三杯目だよ。よく食べるね」


「働いた量に比例してるだけだ。文句あるか?」


「おいしいってことですよね。よかった」


リシェルはふふっと笑いながら、アランの皿にスープをつぎ足す。食卓は穏やかで、どこか家族のような空気が流れていた。


そのとき。


「……ルーシーに、会えないのが寂しいな」


シオンが、ふと小さな声をこぼした。


「え?」とリシェルが瞬きする横で、カイルとアランの表情が曇る。


「王都にいる、僕の愛馬だよ。真っ白な毛並みのメス馬。賢くて、優しくて……ルーシーって名前なんだ」


「シオンが一番かわいがってた馬だよ」とカイルが小さな声で補足した。


「彼女のたてがみに顔を埋めるのが、すごく好きだった。そうしたら、僕の顔を鼻でつついてくれるんだ。どんなに疲れていても、そうしてくれると、元気が出た。

でも、今は、それもできない。ひとりで寂しがってないかな」


ぽつりとこぼすその声はあくまで穏やかで、単なる日常会話のようにも聞こえたけれど――そこにある寂しさを、誰もが感じ取ることができた。


「シオン……」


カイルが目を伏せる。そして、次の瞬間、ぱっと目を開け、叫んだ。


「安心しろ! 必ず、呪いを解く方法は見つかるから! みんなが全力で探しているから大丈夫だ! 俺だって、俺だってもっと頑張るから!」


その勢いに、リシェルは目を瞬かせた。

アランは少しだけ息をついて、小さく笑った。


「まったく、お前は……少しシオンを心配しすぎるぞ」


「当たり前だろ。俺が心配しなくて誰がするんだよ!」


カイルは憤然と言い放ち、それからシオンの顔を見て、声を落とす。


「……ずっと、我慢してるの、知ってるから」


その一言に、リシェルは胸を締めつけられる思いだった。


「呪い……まだ解き方がみつからないんですか? あの、もしよければ、詳しいことを教えてもらえませんか。あ、極秘情報だったらいいんですけど」


シオンが静かに、リシェルに視線を向けた。そして、視線を逸らし俯いて微笑んだ。


「心配させてごめんね。触れると痛みを感じる呪いだよ」


「それは知っています。有名な話ですから。でもそれは、どういう呪いなんですか?」


「一体、どういう呪いなんだろうね。正確には、僕に触れると、激しい痛みが走るらしいよ。理由はわからない。

ただ、ある魔獣を倒した時から、そうなった。見たこともない種類の魔獣だったんだ。だけど、まさか、そんな能力を持っているなんて思わなかった」


言葉を選びながら、シオンは静かに語る。

その間も、カイルは心配そうにシオンを見詰めていた。


「最初に気づいたのは、ルーシーだった。甘えてくるはずの子が、暴れて乗れないんだ。どの馬もそうだった。

そのあとに、僕に触れた騎士が悶絶した。それで、気づいたんだ。魔獣討伐の際に、最後に戦った魔獣の呪いだろうって。

魔獣と目が合った時、不思議な眩暈がして視界がおかしくなったんだ。“悪意ある魔力を消すリング”はしていたんだが、魔獣の呪いには効かないようだな」


そこでシオンは、ふっと思い悩む顔をして、また先を続けた。


「それからは、誰かに触れることも、触れられることもできないんだ。服の上からでも痛むらしい。

まるで、僕の存在が、他人にとって害虫になったような気分だ。

まあ、僕は王族だから、身体に触る者はほとんどいなかったけど、それでも……周りに距離をとられると、寂しいよね」


リシェルは息を呑んだ。

なんという、残酷な呪いなのだろう。

確かに、結婚だって、子どもを抱くことだって、できないかもしれない。


「リシェル。リシェルの薬でなんとかならない?」


と、カイルが思い詰めた顔で口を開いた。


「えっ……」


思わずカイルに顔を向けた。そして、今度は自分の手を見つめる。


「私の薬では無理だと思います。呪いを解く効能はありません」


「そうか。そうだよな」


「お前、さすがに薬で呪いは解けないだろう」


アランはしょげるカイルに呆れたように言った。リシェルはぽつりと言った。


「……ですが、……私は少しだけ治癒魔法が使えるんです。神殿では能力がないと言われましたが。でも、自分の中に、治癒の力があることは感じているんです。

実は、その力を強くするため修行しようと、森で生活していたんです」


リシェルの言葉に、みんなの視線が彼女に集まっていた。


「私、今はまだ、弱い治癒魔法しか使えなくて。でも、もし、シオン様のために何かできるなら……」


シオンは微笑んだ。


「ありがとう。そういう理由で、ここで一人で暮らしていたんだね。ようやく謎が解けたよ。

でも、無理はしないで。君がここにいてくれるだけで、十分だよ」


その笑顔はあまりに優しくて、リシェルは言葉を返せなかった。




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