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夜。リシェルは一人の部屋で考えた。


かつて、魔力判定で力を認められなかった自分に、今、何ができるのか。


小さな頃から、怪我をした小動物や、擦りむいた子どもに手を伸ばすたび、じんわりとあたたかい光が生まれた。


教会の人たちに褒められて、「もしかしたら、将来、聖女になる子かもしれない」と噂された。


魔力を持つ国民は少なくないが、ほぼ全員が貴族だった。平民が魔力を持つことは事例がない。

そして、貴族であってもその保持する魔力は微量だ。


もし規定量以上の魔力を持つ者が現れたら、子供の頃から神殿もしくは魔塔で教育されることになるだろう。


リシェル自身は、聖女や魔術師になりたいと思ったことはなかった。

ただ、自分のこの力で誰かの役に立てたらいいと、そう願っていただけだ。


痛みを失くせたら。

傷を少しでも癒せたら。

病気を治してあげられたら。

それだけで、誰かが笑顔になってくれる。

――その喜びだけで十分だった。


だから、もっと治癒魔法を知りたいと思った。

もっと上手に使えるようになって、将来、魔獣との戦いで傷ついた兵士たちを癒せたら、と夢を見ていた。


けれど――その希望は、あっけなく打ち砕かれた。


「力を調べてみましょうね」


そう言って12歳の時、リシェルを神殿に連れて行ったのは、教会の神父だった。


厳かな儀式の間、彼女は何度も祈った。

どうか、神よ、私に治癒魔法を与えてください。

そうして、水晶に力を注いだ。

けれど、何も起きなかった。


神官たちの間に静かな沈黙が落ちた。


「……発動せず、ですね」


誰かが言ったその言葉が、冷たく胸を突いた。


診断結果は、リシェルは“微量の魔力はあるも、基準値には到達せず”と判定された。


「力は気のせいだったのかもしれないな」


「まあ、平民の娘が魔力持ちなんて、もともと無理があったんだよ」

そうささやく声も耳にした。


それでも、リシェルはあきらめきれなかった。

神殿から戻ったあとも、教会の片隅で、小さな怪我や軽い頭痛を治し続けた。

それだけは、確かに、自分の手でできたのだから。



「もう少し、強い治癒魔法が仕えるようになりたいの。私に、少しだけ治癒魔法があるのはわかってるから。森でなら、人の目を気にせず一日中治癒魔法の練習ができる。薬草もたくさん採れるから、薬を売って生活できるわ」


そう言って家を出たのは、十五歳のときだった。


リシェルには、あたたかな家があった。


明るくてお節介焼きの母は、近所でも評判の美人だった。


けれど過去の記憶がないらしく、

「気がついたら、この国の川辺に倒れていてね」と笑って話していた。


どうやら、外国人らしい。

特に記憶を取り戻す努力をするわけではなく、ただ今の生活を大切にしながら、リシェルたち家族に深い愛情を注いでくれた。


父は口数こそ少ないけれど、いつもそっと寄り添ってくれる人だった。何も言わなくても、リシェルの気持ちを理解してくれるような、不思議な安心感を与えてくれる存在だ。


弟は口が悪いくせに心配性で、森へ向かう彼女に

「何かあったらすぐ帰ってこいよ」

と何度も念を押してきた。

彼なりの優しさだった。


「魔力、発動しなかったんだって?」


そう言われたときも、誰一人として彼女を責めたりしなかった。

ただ母が優しく頭を撫で、父が柔らかく抱きしめ、弟がぶっきらぼうに「別にいいじゃん」と言った。


その温もりが、リシェルを支えていた。


森に来て一年半。

今も、定期的に届く手紙には、あの頃と変わらない日常と、彼女を案じる言葉が詰まっている。


――だから、孤独ではなかった。


森の暮らしは静かで、魔力が荒れることも少なく、治癒魔法の感覚に集中できた。

村で魔法の練習をするのは、人の目が気になった。

神殿で能力を否定されたことは、狭い村では皆知っていたからだ。

けれどここなら、自分の力とゆっくり向き合える。


母から聞いた知識や感覚を頼りに、繰り返し繰り返し、魔力の流れを探った。

余った時間で、薬草を摘み、調合をし、薬を作る。

できた薬は、定期的に取りに来てくれる商人に必需品と交換してもらっている。


思い返せば、治癒魔法の基本も、日々の修練の積み重ねも、薬草の知識も、すべて母が教えてくれた。

ふと疑問に思って尋ねてみたことがある。


「ねえ、お母さん。どうしてそんなに治癒魔法や薬草のこと、詳しいの?」


すると母は、少しだけ困ったように笑って首をかしげた。


「どうしてでしょうね? わからないのよねぇ。ただ……なぜか知っているの。不思議でしょう?」


まるで歌うように、ごく自然に語るその口ぶりに、それ以上聞いたら、母がいなくなってしまう気がして、その時以来、この質問をしたことはない。


リシェルは母の笑顔を思い出しながら、そっと目を閉じる。

――わたしも、誰かを癒せるようになりたい。

そう願って、今日も彼女は森の奥で静かに修行を重ねていた。

けれど、あの診断の日以来、口に出さなかった疑問があった。


(あの診断を受けてから、力が出にくくなった気がする。それはどうして?)


いくら考えても、答えは出ない。

真相を知る者は、誰もいない。

あの神官の一人を除いては。


「平民は強大な力など持たない方が、幸せなのだよ」


その若い神官の独り言は、誰にも聞かれていない。


彼が使った封印の魔術が、密かに彼女の力を縛っていたなどと、リシェルはもちろん、誰も知らなかった。




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