前半カイル視点 後半アラン視点
◆カイル視点
「……まったくもう。そういうの、俺の一番嫌いなやつだって、シオン知ってるはずなのにな」
馬の手綱を握りしめながら、カイルは息をついた。
寮の部屋を訪ねた時、いくら扉を叩いても、あいつが出てこなくて、胸がざわついた。
どこかに行くことはわかっていた。でも、何も言わずに行くなんて。
「勝手に一人で突っ走るなって、何回言わせるんだよ……」
騎士団の駐屯地が見えてくる。
林を抜けたその先、すでに誰かの姿があるのが見えた。シオンだ。あの綺麗な立ち姿は、間違えようがない。
「おーい、待てよ、シオン! 俺たちを置いていくなー!」
思わず声が出た。抑えきれなかった。
馬から飛び降りて、駆け寄る。彼の肩を掴んで言う。
「俺たちも一緒に行くぞ。なんで黙って抜け駆けするんだ。部屋に行ったら空っぽで焦ったじゃないか」
声に出した瞬間、なんだか情けなくなってきた。
本当は、心配だったんだ。
自分たちに何も言わずに、一人で全部背負おうとするんじゃないかって――それがたまらなく怖かった。
でも、シオンが微笑んだ。少しだけ、困ったように。
『誘えば来るとは思ってたよ』
――ずるい奴だ。
そう思いながら、けれどその顔が、何よりも無事の証で、ホッとしていた。
◆アラン視点
カイルの後ろを馬で走りながら、アランは口をつぐんでいた。
駐屯地の向こうに立つ少年――あの背中は、よく知っている。
無鉄砲で、真面目すぎて、ひとりで全部やろうとする男。
王族であることを言い訳にしない、誇り高いバカ。
「……あいつ、また勝手に」
王子が一人で出向くなんて、本来なら許しがたいことだ。
でも、今はもうその気持ちよりも――ただただ、間に合ってよかったと思った。
駆け寄るカイルの背を見つめながら、アランは言葉なく馬から降りる。
自分が何かを言うまでもなく、カイルがシオンを責めた。
「誘えば来るとは思ってたよ」
シオンが、あの何もかも見透かすような、優しい顔で笑った。
言いたいことは山ほどあったのに、その一言で、全部どうでもよくなる。
(まったく……)
呆れと、微かな安堵。
アランは口の中でひとつだけ、舌打ちをした。
討伐後の夜。駐屯地の片隅で小さな焚き火が燃えている。
アランはシオンの隣に腰を下ろしながら、前を向いたまま、低く言った。
「俺には……王族の血も、特別な力もないから、あなたの気持ちはわからないと思う。けど」
言葉を切る。
その肩が、少しだけ揺れた。
「……あなたに何かあったら、俺は、自分の力が足りなかったって、一生後悔すると思う」
シオンは答えなかった。
アランがそんなふうに話すのは、とても珍しいことだった。
「だからさ。命張るときは、ちゃんと俺たちに頼って欲しい。あなたは王になる器だろうけど……だからと言って、俺たちを置いて一人で戦う資格なんかないぞ」
アランの声に、優しさと怒りと――かすかな祈りが滲んでいた。
ぼんやりと月を見上げていたカイルが、ふとシオンに振り返った。
「なあ、シオン。俺にも言わせて」
「ん?」
「お前が命を張ってまで王になろうとしてるの、俺は……頼もしいと思うけど、怖い時もある」
シオンが目を見開く。
カイルは笑っていたが、目元はどこか切なかった。
「だって、もしお前がいなくなったら、俺、何守ればいいかわかんなくなるもん」
沈黙。
「だから、死ぬなよ。絶対。無謀なことはしないでくれ」
「……うん。約束する」
シオンの肩に、カイルの上着がそっと掛けられる。
「風、冷えてきたな」
「……ありがとう」
しばらく沈黙が続いたあと、シオンがぽつりと口を開いた。
「僕はこのままでいくと、将来王になるんだ。王になると、民の命が僕の判断ひとつで左右される。それが、ずっと怖かったんだ。……誰にも言えなかったけど」
その声には、普段のような芯の強さはなかった。
まるで夜の風に溶けるような、弱い声だった。
「でも今日、剣を振って、王都を守って、やっと……少しだけ、怖さから逃げずに済んだ気がしたんだ」
カイルとアランは何も言わなかった。
けれどその沈黙は、拒絶ではなく、ただただシオンの全てを受け止めようとする静けさだった。