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聖女なのに魔王にされました~助けに来てよ、 王子様!  作者: ノエル
第2章 婚約破棄編(過去回)
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ずっと思っていた――魔獣討伐に、自分も参加したいと。


それはただの願望ではない。王子としての務めだと思っている。

自分の手で王国を守りたい、そのために、自分にもできることを見つけてそれをやりたい、という焦りにも似た想いだった。


今日、ようやくその一歩を踏み出す時が来た。


シオンは、王都の南に広がる林道を馬で抜け、騎士団の駐屯地へとたどり着いた。

着ているのは黒いローブ。その下には、革鎧をまとっている。ベテラン騎士から見れば、戦いに出るには少し心もとない装備だが、それでも――この地に立つ彼の覚悟を示すには十分だった。


「よく来てくださいました、殿下」


駐屯地の門の前で迎えたのは、騎士団長だった。

立派な髭を蓄えた、いかにも武人といった風貌の男だ。厳しい顔立ちだが、シオンに向けるまなざしはどこか柔らかかった。


「王都近辺に魔獣が出る頻度が増えてきました。民の不安を払拭するためにも、定期的な掃討戦が必要になります。ですが、人手不足も深刻で、思うようにいきません」


穏やかな口調に厳しい現状が垣間見られ、騎士団長の苦労をシオンは敏感に感じ取った。


「だからこそ、僕も参加したいんです」


一切の迷いなく、シオンは言った。

胸の奥で、ずっと形にならずに燻っていた想いが、ようやく行動に移せるのだから迷うはずがない。


「机の上だけで国の安全を語るのは、もうやめたいのです。王族は、誰よりも率先して民を守るべきだと、僕は思っています」


民が恐れるなら、自分がその前に立って助けたい。

恐怖を体験しないまま、指示を出すだけの王には、なりたくない。


騎士団長が何か言おうと口を開いたその時だった。

 駐屯地の門の外から、蹄の音が聞こえてきた。


「おーい、待てよ、シオン! 俺たちを置いていくなー!」


馬を駆る声が明るく響き、次の瞬間、カイルが馬を飛び降りて駆け寄ってきた。


「俺たちも一緒に行くぞ。なんで黙って抜け駆けするんだよ。部屋に行ったら空っぽでさ、焦ったじゃないか」


その背後には、アランの姿もある。

こちらは何も言わないが、その視線は明らかに「勝手に一人で行くな」と語っていた。


シオンは「お前ら……」と小さく漏らす。

その声音には、呆れと、それから――どこか嬉しさが滲んでいた。


「誘えば、来るとは思ってたよ。だけど正直、迷ったんだ」


シオンは、少しだけ不安だった。

自分が戦う覚悟を持っていても、そして、それを王子の使命だと思っていても、彼ら理解してくれるかどうかわからない。

そして、こんな命懸けの任務に、彼らを付き合わせてもいいのかどうか。

けれど、何も言わなくても、彼らは当然のように、隣に立ってくれようとしている。


その事実が、胸の奥をあたためてくれるのだった。


「アラン、君も?」


「俺も行く。カイル同様、俺も勝手にシオンの護衛に就任した。“自称”護衛だ。シオンが魔獣討伐に行くなら、当然護衛の俺も同行する」


そう言ってアランはカイルと共にシオンの隣に立ち、騎士団長に軽く頭を下げた。


「アラン・グレイハートです。私も参加させてください。日々、訓練はしております」


「ああ、グレイハート伯爵の息子だな。もちろん承知している」


騎士団長はアランに笑みを浮かべる。


「ちょうど魔獣が北に移動し始めたとの報告が入っています。今日は少し距離がありますが、殿下たちの腕を拝見できることが、楽しみです」


こうして、三人は騎士団と共に魔獣討伐へと出発する。

この日、学園は休日だったが、討伐には丸一日かかると見込まれていた。


「……カイル、アラン、付き合ってくれて、ありがとう」


シオンは馬上で振り返る。


「二人がいてくれると、本当に心強いよ」


「当たり前だろ。俺たち、シオンの護衛兼親友だからな」


カイルはニコッと笑う。

アランも笑ってうなずく。


「無茶してケガするなよ、シオン。危ないことは俺ら護衛に任せろ」


「無茶をするのはカイルだろ」


馬蹄の音が森の中に響いていく。

しばらく走ると、森の奥に着いた。

濃い霧が漂う中、騎士団の一行は魔獣の気配を探りながら進んでいた。


「音が、消えた……」


アランが声をひそめた。


「来るぞ。殿下、お気をつけて!」


騎士の声が響いた。

シオンの目が鋭く細められる。

直後、木々を割って飛び出してきたのは、黒い体毛を持つ四足の魔獣。

体長は二メートルを超えており、牙には紫色の毒液がにじんでいた。


「くっ、後ろからも!」


カイルが振り返ると、さらに一体の魔獣が現れていた。完全に挟み撃ちだ。


「アラン、カイル! 下がって!」


「何?」


次の瞬間、シオンが一歩前へと踏み出す。

風を裂く剣の音。銀の刃が一閃し、魔獣の喉元を的確に裂いた。


「嘘だろ……」


目を見張るアランの横で、シオンはひるまず振り向いた。


「あと一体。カイル、そのまま左から。アランもそのまま右から援護して。僕が正面から抑える!」


素早い指示。恐れも迷いもない。

それに応えるように、カイルが叫んだ。


「了解っ!」


三人の連携は、息をするように自然だった。

数分後。魔獣はいなくなり、辺りは再び静けさを取り戻す。


「ふぅ……終わったか」


鞘に剣を収めたシオンが振り向くと、アランが黙って立ち尽くしていた。


「王子の護衛のつもりだったのに、俺が王子に護られてしまった」


低く、悔しそうな声。

その肩を、カイルが軽く叩く。


「そりゃ、落ち込む気持ちもわかるけどさ。だったら強くなればいいんだろ?」


アランは顔を上げ、朗らかに言うカイルと目が合った。


「お前、ほんと前向きだな。だけど、その通りだ」と言って、頷く。


それを聞いて、シオンが笑みを浮かべた。


「君たちは、僕にとって本当に心強い仲間だ。次は、僕が頼らせてもらう」


この日を境に、アランとカイルは猛烈に剣を振り始めた。

シオンも当然、それに付き合う。

放課後の演習場。休日の訓練所。


「王子とその護衛」という関係を越え、互いに技を磨き、高め合う日々。

そんな彼らは、近い未来、帝国有数の剣の使い手となった。

やがて人々は、その強さを讃え、彼らのことをこう呼ぶようになる。

「トライアングル・ナイツ」と。





今日も魔獣討伐の任を終え、三人は馬に乗り、王都へと戻っていた。

夕暮れ時、街に差す茜色の光が、疲労を包むように穏やかだった。


「今日の魔獣は手強かったな……」

「おかげで、俺たちもまだまだだとわかったよ。もっと腕を磨こうぜ」

「カイルもアランも、本当に頼もしいな」


そんな穏やかな会話を交わしながら、王都の中央通りに差し掛かったその時だった。


「……あれ、レイモンドじゃないか?」


カイルが馬を止める。


その視線の先にいたのは、明るく笑うレイモンド。

彼の周りには、三人の見慣れた令嬢たち――エリザベス、アイリーン、クラリスがいた。


エリザベスは花のように笑い、アイリーンは袖を掴み、クラリスは彼の耳元で何か囁いている。


「……嘘だろ……」

アランの声が震える。


「なんで、あいつに……俺たちの婚約者が」


カイルの手がぎゅっと拳を握る。


「エリザベス。何をしている?」


シオンが馬から降りて声をかけた。

振り向いた彼女の笑顔が、ピタリと凍りついた。


「あ、シオン様……。お帰りなさい」


エリザベスのその声音は、どこか気まずそうだった。

いつも穏やかなシオンだが、エリザベスのその表情に、抑えきれないイラつきを覚えた。

自分の発する声が尖っているのを自覚したが、敢えてそのまま続けた。


「今夜、食事の約束をしていただろう? 予定通りに来れるのか?」

「ごめんなさい。急に……予定が変わったの。行けそうにないわ」


アイリーンにも、カイルが声をかけるが、彼女は視線を逸らすだけ。

アランがクラリスを睨むと、彼女は鼻で笑った。


「何? 私たちが誰と過ごそうと、あなたたちに意見される筋合いはないわ」


「俺たちは婚約しているだろう」


「だから何? 婚約なんてただの形式でしょ? いつだって変えることができるのに」


クラリスの言葉が、氷の刃となって突き刺さる。


「君は、そんな非常識なことを言う女性だったのか……」


三人は、言葉を失って立ち尽くすしかなかった。

レイモンドは、にこやかに彼女たちを守るように一歩前へ出た。


「ご気分を害されたなら、申し訳ありません。ですが、令嬢たちは私の大切なお友達です。どうか誤解なさらないように」


「誤解、だと……?」


アランの拳がわなわなと震える。


「……帰ろう。話しても無駄だ。エリザベス、覚えておいて。僕は不誠実な人間は嫌いなんだ」


シオンが静かに言った。

それ以上、何も言わず、三人はその場を離れた。


誰も、口に出さなかったが、全員が破局する未来を予感していた。



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