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結局、リシェルは料理と掃除を条件に、この家に置いてもらえることになった。

細かい“取り決め”などはないけれど、数日もすれば、自然と四人の暮らしにリズムが生まれていた。


互いに干渉はしない、だが、協力すべきところでは支え合う――そんな、ちょうどいい距離感だ。


朝は早い。三人の剣士たちは日の出と共に剣の鍛錬に出るので、リシェルもそれに合わせて朝食の準備をするようになった。


パンは、カイルたちが持ってきた小麦で焼く。スープは、リシェルが畑から採ってきた野菜を煮込んだもの。

そして時折、シオンが拾ってくる木の実で焼いたパイが、ちょっとした楽しみになっていた。

舌の肥えた彼らにも評判は良く、焼き上がるたびに「今日もいい匂いだ」と誰かが口にする。


「おはよう、リシェル。今日も森の空気は気持ちいいね」


「はい、おはようございます」


香ばしいパイの匂いが、小さな家の中にふんわりと広がっていた。

リシェルは手元の作業を続けながら、ちらりとシオンに目を向ける。


朝の光の中で、彼はいつものように笑っていた。

人懐っこく、自然体で。まるでずっと前からこの家にいたような、不思議な存在感を放っている。


けれど、その腕には包帯が巻かれていた。


「……腕の怪我、酷いんですか?」


「うん。なかなか治らなくてね。最後に倒した魔獣からの傷なんだけど、治癒魔法も効かないんだよ」


「そう……なんですね」


(治癒魔法も効かないなんて……)


リシェルは思わず包帯に視線を落とす。

その傷は、呪いの証。触れた人間に痛みを与えてしまうという、“呪われた王子”。


シオンが魔獣狩りの最中、最後に相対した魔獣が放った一撃。それが呪いだった。

今もその魔獣は捕らえられ、魔術塔の檻の中に閉じ込められているという。

呪いを解く手がかりになるかもしれないから――それが、殺されずにいる理由だ。


この国では、「呪い」など、おとぎ話のように扱われていた。

だから、最初は誰も信じなかった。けれど今では、誰もがその存在を知っている。


実際、シオンに()れてしまった者は、激痛に堪えられず、その場に崩れ落ちたという。

彼がうっかり手を伸ばした馬でさえ、嘶きの声を上げ暴れたそうだ。

今では、彼は大好きだった馬にさえ乗れない。


――それでも、シオン王子は国中から愛されていた。


悪く言う者など、一人もいない。

彼が、どれだけ国のために身を尽くしてきたか、どれほど民を愛してきたか、それを皆が知っているからだ。


魔獣が現れれば、真っ先に駆けつけ、剣を抜いて戦う。

傷だらけになりながらも、決して逃げなかった王子。


身分や立場にとらわれず、誰にでも笑顔を向ける王子。

その姿に、人々は、自分たちの頂く王家に誇りを感じ、“私たちの王子様”として心から敬愛している。


――けれど、その深い愛情さえも、彼にとっては時に重荷となっていたらしい。

あとで、カイルがぽつりとそんな話をしてくれた。


会う人ごとに「おかわいそうに」と泣かれ、「励まさなきゃ」と声をかけられ、「呪いを代わりたい」と言う者まで現れる。

それが、どれほど彼を追い詰めていたか。


リシェルは、そっと彼の顔を見上げた。


「……あの、王子様」


「シオンって呼んで。ここではそのほうが気が楽だから」


彼はにっこり笑ってそう言った。

柔らかく、笑ってそう言ったシオンは、やっぱり――本当に優しい人だった。

その金色の髪が光を受けて輝いて見え、あまりの神々しさにリシェルは思わず目を伏せた。


「じゃあ、シオン様。包帯を替えましょうか? 注意して、皮膚に触れないようにしますから」


「ああ、そう言ってくれてありがとう。でも、自分でするからいいよ。もし触れてしまったら君にも、痛みがくるから。それに、布の上からでも呪いは受けるんだよ」


そう言われて、リシェルは肩を落とした。

彼の傷は、自分たち民を守って負った傷なのに。


彼の世話をしたいと思っても、触れることができない。

彼の痛みに寄り添いたくても、ただ見つめることしかできないのだ。

でも、そんな思いがシオンの負担になることも知っていた。


(……私に、力があったら)


リシェルは手を握りしめた。

リシェルはわずかだが治癒魔法が使えた。小さな傷なら治すことができる。


自分に、何かできることはないのだろうか。

早く腕のいい治療魔法師になりたい。

どうして、自分には小さな治癒能力しかないのだろう。


目の前の王子様は、そんな彼女の心を察してか、いつも変わらぬ笑みを向ける。


「君がいてくれて、助かってるよ。森のことも、何も知らなくてさ。野菜も分けてくれるし。何より、君がいると家が明るくなる」


その一言に、リシェルは少しだけ肩の力が抜けた。

別に役に立てたわけじゃない。けれど、ここにいることを否定されなかった、それだけで不思議と気持ちが軽くなった。




夕方、カイルがパンを焼いてくれた。

彼は、侯爵家の次男で本当はシオンの側近なのだが、ここでは護衛も兼ねている。

というか、“自称”護衛らしい。料理は、魔獣討伐に行く際、騎士団の料理部隊で習ったと言っていた。


リシェルは、パンの匂いに誘われてテーブルへと歩いていった。


「君の作ってくれるパイもおいしいけど、カイルのパンもおいしいよ。沢山食べるといい」

そう言って、シオンが笑った。


ああ、この人は、噂通りの優しい人なんだ。

触れられなくても、なにか私にできることがあるかもしれない。

それを早くみつけなければ。


「ありがとうございます」


リシェルはそう思いながら、席についた。




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