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家を出て、2週間が経った。

王都に近づくにつれて、空気は少しずつ変わっていった。

人が増え、建物が密集し、喧騒と活気が包み込む。


「わあ……」


リシェルは思わず声を上げた。


市井の通り、物売りの声、行き交う馬車、騎士団の隊列。

見たことのない世界が、目の前に広がっていた。


昼食をとるために、馬車を下りたリシェルは目を丸くした。


「人、多っ……! 人って、こんなに大勢いるの?」


「田舎者丸出しだぞ、リシェル」


アランがぼそっと突っ込む。


「だって、本当にすごいんですもん!」


そんなリシェルの様子を、シオンは静かに見つめていた。

彼女の目は輝いていて、少し戸惑っていて、そして、希望に溢れているように見えた。





「着いたよ」


シオンの声で顔を上げると、王宮の門が目の前にあった。


高い城壁に守られた巨大な建物、騎士たちが厳かに見守る門、そしてその向こうに広がる、きらびやかな王族の住まう世界。

リシェルは、言葉をなくして茫然と見上げていた。


「これが……王宮……こ、こんなりっぱな建物がこの世にあるとは……」


「ようこそ、リシェル。これが僕の家だ」


シオンが微笑んだ。


「シオン様は、本当に……王子様だった……」


リシェルは唖然としながら、小さく呻いた。


「もちろん、そうだよ」


シオンは愉快そうに笑った。





王宮に到着してその日のうちに、リシェルは、大神殿の大神官長に呼ばれ、魔力の正式な測定と分析を受けることになった。


厳粛な空気の中、大神官長は彼女の額にそっと手を置いた。


「……これは……」


大神官の目が大きく見開かれる。手が、微かに震えていた。


「これは、ただの治癒の魔力ではない……この魔力の濃度、純度、そして範囲……想像を遥かに超えている。しかも、幾種類もの魔力が層になって渦巻いている。ここまでの魔力を持つ者は、かつて……伝説の大聖女と呼ばれたあの方以来、現れていない」


周囲の神官たちがざわついた。


「まさか……」

「大聖女の再来……?」

「大聖女様の血縁かもしれん! そう言えば、大聖女様に似ていないか?」


大神官長が静かに告げる。


「この力は大きすぎて、我ら神殿では制御も指導も難しい。

ましてや、保護することなどとうてい無理だ。これは、魔術師団長に協力を仰がねばなるまい。もはや、“聖女候補”などという段階ではない。今、まさに我々の目の前で“大聖女”が誕生したというわけだ」


「だ、大聖女……っ!?」


リシェルは戸惑い、思わず声を上げた。


「そんな……私、ただ少し、治癒魔法が使えるだけで……」


気が遠くなりそうになり、リシェルは足を踏ん張った。


「その“少し”が、誰にも解けなかったシオン王子の呪いを解き、神殿に伝説を甦らせた。これは奇跡なのだよ」


大神官長は温かく微笑んだ。


「おめでとう、リシェル嬢――いや、大聖女殿」


彼の言葉に、周囲の神官たちも一斉に拍手した。

聖堂に、静かで清らかな祝福の風が吹いた。


それから程なくして。

リシェルは、王宮にて国王と王妃に謁見することとなった。





玉座の間。

荘厳な装飾の奥に、気品に満ちた国王と王妃が並んで座っていた。

シオンに手を引かれて一礼するリシェルに、王妃が目を見開く。


「まあ……その髪、その目の色……間違いないわ。伝説の大聖女様と、瓜二つ……! ここでお会いした時に、一緒に絵も描いてもらったのよ。宮廷画家に記念にね。後で見せてあげるわ」


「なんと……まさか、君は……大聖女様の娘なのか? そっくりじゃないか」


国王も玉座から身を乗り出す。


「それが、わからないのです。母は、記憶を失っていて……。でも、他国の出身だったとは聞いています。薬草の知識だけは、昔からありました」


戸惑いながらも答えるリシェル。落ち着かせるために、シオンがリシェルの手をきゅっと握る。

王妃が目を潤ませた。


「大聖女様は、かつてこの国の人々のために、お力を捧げてくれた方。その方に似たあなたが、今、大切な我が息子を救ってくれた……」


国王が、ゆっくりと立ち上がる。


「我々王室は、君に深く感謝し、敬意を表する。そして、君が大聖女として、正しく力を使えるようになるまで尽力する。そのことは、我々の務めでもある」


王妃が玉座から下りて、リシェルの前まで歩いてきた。

そして、手を取り、優しく微笑んだ。


「ようこそ、王宮へ。あなたは、もう“外の人”ではないのよ」


その言葉に、リシェルは胸がいっぱいになった。

自分は今、誰かに「ここにいていい」と言ってもらえたのだ。


「僕と結婚してくれ、リシェル」


いきなり言ったシオンに、三人はぎょっとして動きを止めた。





王宮での生活が始まった。リシェルは魔塔に通い、魔術師団長の指導のもとで、本格的に魔法の訓練を受ける日々を送っていた。

彼女の魔力は治癒だけでなく、あらゆる属性にわたって広がっており、魔術師団長も舌を巻くほどだった。


空いた時間には、王妃の勧めで王室のマナーを学んでいた。

もともと人一倍礼儀正しいリシェルは、その吸収も早く、宮廷の教師たちからも「筋がよろしい」と評判だった。


ある日の午後、シオンとカイル、アランの三人が中庭でお茶をしていると、カイルがふと呟いた。


「……なあ、今さらだけどさ。リシェルって、ほんとに平民なのか?」


「どうした、急に」とシオンが笑うと、アランも興味ありげにうなずく。


「たしかに。あのマナー、あの立ち居振る舞い。貴族令嬢が家で親から叩き込まれるものだ。俺たち、森で一緒に暮らしていたが、別段気にしてなかった。だけど、今思えば、マナーがいいから返って俺たちには違和感がなくて、気づかなかったのかもな」


「そう! でも俺、何度か“あれ?”って思ったんだよ! 親が元貴族なんだろうな、きっと」とカイルがテーブルを叩く。


「所作が奇麗すぎて、自然に馴染んでたから……気づけなかった……っ! くそ、あそこで“ただ者じゃない”って見抜いておくべきだったのに!」と、悔しそうに拳を握る。


「ふふ」とシオンが微笑む。


「気づいたところで、どうにもならなかったよ。あの頃の彼女は、自分が何者かも知らなかった。だけど、僕は運命だと思ってる。あの森で出会ったのも、共に暮らしたのも。

僕はあの森で未来の妻に出会えたんだ」



二人を見つめるシオンの目は、きらきらと輝いている。

カイルとアランは顔を見合わせて、

「結局、おまえがいちばんの勝者か」と笑った。




第1章完

第1章終わりです

明日からは、第2章 婚約破棄編(過去)になります

タイトルは第1章までのものになりますので、第2章から下記に変更することにしました。


「王子の呪いを解いたら求婚されました。ですが、王子は元婚約者の復讐に忙しそうです」

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