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森の別荘。夕暮れ時、

暖かな光が窓から差し込む中、リシェルが薬草を選別している横で、シオンは椅子に座って彼女の動作を見つめていた。

呪いが解けたのは嬉しいが、リシェルと手を繋ぐ必要が無くなったのが、ちょっぴり寂しい。

シオンは、ふと、何かに導かれるように問いかけた。


「リシェル。君の母親って、どんな人だった?」


リシェルは手を止め、不思議そうに首をかしげる。


「え? 母ですか? 母は、他国の人だったみたいです。でも、昔のことはよく覚えていないって言ってました。記憶がないらしいんです」


「記憶が……?」


「はい。ただ、薬草の知識だけは鮮明に覚えていたみたいで、それを私に教えてくれて。

私が知っている母は、明るくて、お節介焼きな、普通の女性です」


ふーん、と頷くシオンに、リシェルは笑って続ける。


「でも、近所の人にはよく言われてました。『あんた、こんな田舎に住むには、もったいないくらいの美人だね』とか『本当はどこかのお姫様じゃないの?』」って。笑っちゃいますよね。少なくても、母はいつも笑い飛ばしていました」


その言葉に、シオンの目が静かに見開かれた。


「……まさか」


「?」


「行方知れずになった聖女がいると、昔、父に聞いたことがある。異国の女性で、癒しの力に秀でていたが、突然姿を消したと。……もしかすると……」


リシェルが言葉を失う中、シオンは小さく息を呑み、ぽつりとつぶやいた。


「君と俺の出会いは、偶然じゃなかったのかもしれない。何か、大きな力に導かれていた気がするよ」


「それじゃあ、その大きな力に感謝です」


二人は顔を見合わせてほほ笑みあった。


淡い夕日のなかで、沈黙が落ちる。

二人は、互いが出会った理由について考えた。

彼らの間に流れる空気は、どこまでも温かかった。





翌朝。

森の小道を歩くシオンとカイル、アランの三人。

リシェルは家でせんじ薬を作りたいらしく、珍しく男三人だけの外出だ。


「で、昨日の話だけど」


話が途切れたところで、シオンが、切り出す。


「リシェルの母親の話だ。彼女は異国の人で、記憶を失ってて、でも薬草の知識だけは残っていた。しかも、近所では『どこかのお姫様みたいだ』って有名だったらしい」


「それって……まさか」


カイルが眉をひそめる。

アランは鋭い目をした。すぐに察したようだった。


「有名な“大聖女失踪事件”か。そんなに詳しくは知らないが」


「どんな事件だ?」とカイル。


「そうだな。僕も、昔、父に聞いたことがあるだけなんだ。

20年くらい前、王都で拡大した感染症の治療をするために、他国から“大聖女”がやってきた。だが、その“大聖女”が、帰り道、突然姿を消してしまった。その大聖女は、癒しの力が強すぎて、治せない病はなかったという空前絶後の大聖女だ。祖国では“国の至宝”とまで言われていたらしい」


「はあ? そんなすごい大聖女が我が国で失踪したとあっては、うちの責任問題にならなかったのか?」


カイルが目を丸くした。


「そこなんだ。それが、大聖女本人の意思で消えたのか、誘拐されたのか、そして、この国で消えたのか、隣の国で消えたのか。謎ばかり多くて、まるで消息が掴めなかった。

その為、我が国はかろうじて責任を取らずに済んだんだ。それが有名な『大聖女失踪事件』だ」


カイルが目を見張った。


「その大聖女が……リシェルのお母さんかもしれないってことか?」


「確証はない。でも、ただの平民から偶然、強大な力を持った娘なんて生まれないんじゃないかな。偶然生まれたとしても、どう考えても能力が高すぎる。あの力は、国でも有数の強さと量だろう。神官長の言うことには、魔術師団長よりも強いかもしれないらしいぞ。磨けばもっと伸びるだろうって」


アランが小さくため息をつく。


「シオン、俺たち、本当にとんでもない子を拾ったな」


「ああ。僕たちとリシェルが出会ったのは、偶然じゃなかったのかもしれない。俺たちは、あの三人の婚約者と別れた後で、大聖女の娘と出会った」


その言葉の意味を考え、ふたりは息を呑む。


「それは、すごい……な」

「ぞくっとしたぞ」


やがて、カイルが喜びの声を上げた。


「いやあ、リシェルが“伝説の大聖女”の血を引いてるなんて、そんな話、本当だったら、すごすぎるでしょ。でも……なんか、納得しちゃうんだよな」


アランも苦笑してうなずいた。


「あの素朴な子がそんな偉大な血をって、思うが、あの凄まじい力をこの目で見たからな。それに、あながち似合わないわけでもない。本格的に力を使えるようになったら、こっちがひれ伏すような雰囲気が出てくるかもしれんぞ」


「まあ、僕は今のリシェルが好きだけどな。いや、リシェルならどう変化してもいいか……」


シオンの言葉に、ふたりの目がぴくりと動いた。


「は?」

「え?」


シオンは自分の言葉に気づき、照れくさそうに顔をそらす。


「……なんでもない」


それ以上誰も口にはしなかったが、カイルとアランの脳内にははっきりと「愛」の文字が浮かんでいた。





数日後。

朝露の残る森の空気の中、馬車に積まれた荷物と並んで、リシェルは立っていた。


「じゃあ、本当に私も行かなきゃいけないんですね」


彼女の声は、どこか寂しげだった。


「そうだな。僕の呪いが解けたってことは、僕の口から王宮に報告しなきゃならない。そこで必ず、君の話が出てくる」


シオンが柔らかく答える。


「それに君の力は、きっと神殿から王宮へ報告が行っていると思う」


「だから、私も一緒に、行かなきゃいけないんですね?」


リシェルが、少し困ったように笑う。


「そういうこと。それとも、一人でここに残って、神官たちが迎えに来てくれるのを待つかい?」


シオンは冗談っぽく笑ったが、視線は真剣だった。


「神官さんたちと一緒に王都に行くのは嫌ですね。ええ、それは断言します」


リシェルが笑いながら言うと、シオンが安心したように頷いた。


「君のことは、俺たちが守る。だから、何も心配しなくてもいい」


その言葉に、リシェルは小さく目を見張り、そして「はい」と答えた。


四人で最後の食事を終えて、片づけた。

いつ帰って来られるかわからない大好きな場所。

リシェルは未練を断ち切るように、荷物を取りに行った。


リシェルが用意を終えると、玄関の前には、カイルとアランが立っていた。

荷物の積み忘れがないか最終確認をしていたようだ。

ひと息ついて、カイルがふっとつぶやく。


「……ここ、いい場所だったな」


アランが、

「まさか王子と聖女と護衛の4人で、森で共同生活する日が来るとは」と鼻で笑う。


「本当に楽しかったですね。でも、私は報告を終えたら、すぐに帰ってきますけど」


リシェルが言えば、

「その時は俺も一緒に帰ろうかなあ」シオンが言う。


カイルがぽんと、リシェルの肩を叩く。


「そんな悲しそうな顔をするな。そうだな、俺たちもすぐに帰って来ようぜ。ここはもう、俺たちの別荘ってことで」


「ですね!」


リシェルがにっこり笑った。


「そう上手くいくかな」


アランの言葉が聞こえなかったふりして、3人はそれぞれの場所に移動した。


馬車が静かに動き出した。護衛2名が馬で並走し、森の小道をゆっくり進む。朝日が差し込み、木漏れ日が揺れる中、森の別荘が次第に遠ざかっていった。




第1章はあと1話で終わります

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