15 カイル視点
【カイル視点】
シオンが泣いていた。
リシェルの腕の中で、金色の髪を揺らして、少年のような顔で泣いていた。
あんな顔、今まで俺は見たことがなかった。
今まで、何度も泣いていいはずの場面があったのに、いつだって笑っていた。
「本当に呪いが……解けたんだな、シオン」
思わず、つぶやいていた。
隣でアランも肩を震わせていた。
あいつも泣いていた。
シオンが呪いをかけられた日のことを思い出す。
辛そうな目をしてるくせに、「大丈夫だよ」と笑った顔が、脳裏に焼き付いている。
そうだ。シオンは、ずっと、笑っていたんだ。
俺たちの前でも、民の前でも、どこでも。
でもそれは、「誰も悲しませたくないから」っていう理由の、痛いほど優しい嘘だった。
そんなシオンが――。
今、人目も憚からず泣いている。
誰にも遠慮せず、リシェルを抱きしめて泣いている。
それだけで、胸がぎゅうっと締めつけられるほど、嬉しかった。
最初は、心配だった。
この少女が、本当にシオンの力になれるのか。
ただでさえ、あの呪いは複雑怪奇で、あの力に触れた者は何人も倒れている。
治癒を試みた聖女だって倒れて1週間も寝込んでいた。
そんな呪いだ。シオンに変な期待だけ持たせて、途中で放り出したらどうしようって……。
でも……。
リシェルは、いつも黙ってシオンのそばにいた。
シオンがどんなに強がっても、笑っても、心の影に気づいて、寄り添おうとしてくれた。
不器用で、まっすぐで、人を裏切ることなんてできなさそうで。
まるで、あの頃のシオンに似ていた。
リシェルの手が、シオンの呪いを癒したとき、俺は思った。
この子は、本物だ。
そして――。
「この子なら、シオンを幸せにしてくれる」って、心から思えた。
「ありがとうな、リシェル……」
声には出さなかったけど、胸の奥で、何度も何度も繰り返していた。
シオンが、リシェルに何か言って、笑ってる。
隠しごとのない、まっすぐな笑顔で。
それが、俺にはたまらなく嬉しかった。
シオンの幸せが、俺たちの幸せだ。
護衛として、友として、そう、ずっと思ってきた。
これからは――。
その笑顔の先に、リシェルがいてくれたら満足だ。
本当に、ありがとう。
シオンのこと、これからも、よろしくな。
◇
森の家の台所は、夕飯の支度でいい香りに満ちていた。
鍋の湯気の隣で、リシェルが真剣な顔で野菜を刻んでいる。
「……よし、ますます手つきが良くなっているじゃないか」
横からのぞき込んだのは、カイルだった。
エプロンをつけた彼は、すでに数品を並べ終えている。
「うふふ。カイルさんの教え方が上手なんです」
「はは、そりゃそーだ。料理とシオンの世話なら、任せとけって感じだし。魔獣討伐に行くときの野営地では、俺がいつも料理係だかんな」
ふざけるような口調。でも、リシェルがくすくす笑うと、カイルも素直に嬉しくなった。
しばらくして、火にかけた鍋を見ながら、カイルが不意に口を開いた。
「なあ、リシェル」
「はい?」
「あいつ明るくなったよな」
リシェルは、一瞬戸惑った顔をしたが、すぐにシオンのことだと気づいたようだ。
「そうですね。とても明るいです」
「昔はさ、俺たちといる時でも、どこか遠くを見てる感じだったんだよ。心ここにあらず、ってやつ。笑ってても、どこか冷めててさ。途中からそうなったんだけど」
「……」
「でも今は、よく笑うな。目がちゃんとあったかくて……リシェルと一緒にいると、ほんっとに、楽しそうなんだよな。子供の頃に戻ったみたいだ」
リシェルは、はにかんだように微笑んだ。
「そうだったら、嬉しいです」
「リシェルがいてくれて、ほんとによかったよ。俺さ……ずっと、シオンが幸せになるところを見たかったから夢が叶ったよ。シオンの幸せは俺の幸せなんだ」
リシェルが驚いたのか、思い切り見詰めてきたので、カイルは、照れてしまって鼻をこすって胡麻化した。
「だからまあ、なんだ。……ありがとな、リシェル」
礼を口にすると、胸の奥がじんわりとあたたかくなる。
「こちらこそ、ありがとうございます。シオン様を、そんな風にずっとそばで守ってくれて。おかげで私はシオン様と出会えました。……なんて、ちょっと私、生意気ですね」
その言葉に、カイルは一瞬だけ目を丸くして、こんな風に思われているシオンは幸せ者だと思った。
笑いながら、リシェルの肩をぽんと軽く叩いた。リシェルも笑った。
二人の笑い声が、森の家にやさしく響いた。
その向こうでは、シオンが庭から窓越しにその様子を見ていて――。
楽しそうだな、何を話しているんだろう
ふふっと、小さく笑っていた。