おうちデート(後編)
「ね、奈々さん?奈々は高校時代に部活一筋だったことに後悔しているの?」
夕飯に家にあった材料で簡単に作った焼きそばを頬張りながら、以前から気になっていたことを聞いてみた。
「後悔はないよ。私はバレーボールが本当に好きだったし、試合で何度も悔しい思いもしたし辞めたくなったことも何度もあるけど、春高の舞台に立つのを夢で頑張ってきたし。県大会の準決勝で負けちゃったから春高には行けなかったけど、でも一生懸命やってきたのは事実だから、今まで何を頑張ったかって聞かれたら胸を張ってバレーボールって答える。だから、後悔はない。」
春高とはバレーボールプレイヤーなら誰もが知る夢の舞台だ。野球なら甲子園、サッカーなら国立競技場。集大成とも言える大会でその舞台で活躍することでスカウトの目に止まり、実業団入りする選手もいる。今の全日本代表も男女とも春高からスタープレイヤーだった人ばかりだ。
「だけどね、県大会で準決勝で負けて春高の夢がやぶれた時、目標を失っちゃった気持ちになったの。小学生の頃からやってきて、最初はもっと上手くなりたいって思っていたのが、いつしか春高でプレーして日本代表になりたいに変わったのね。それが叶わなくなった時、次が分からなくなったの。何を目標に前に進めばいいか分からなくなったの。自分に何が出来るか何があるか分からない。春高は叶わなかったけど、推薦ももらったし実業団に入るために大学でもバレーボール続けようかな、とぼんやりした気持ちで大学でも続けていたら入って早々怪我してそれも叶わなくなったんだよね。」
いつもとは違うしんみりとした声で奈々は続ける。
「それで思ったの。何か目標に向かってがむしゃらに夢中になれることを見つけられたことは本当に幸せなことだったけれど、それしか見てこなかった自分の視野の狭さにも気づかされたんだ。もっと広い視野でバレーボール以外のことも知ろうとしたり、自分に出来ることや、やりたいことをもっと真剣に考えていたらどんな人生を送っていただろう、学生時代にしか出来ないことを楽しんでいたら、バレーボール以外にも興味があることが分かって自分の進むべき道を見つけられたのかなって。」
「もちろん、バレーボールを通して学んだことはたくさんある。チームワークとか、努力することの大切さとか、負けない気持ちとか。だから、バレーボールをやってきたこと自体に後悔は全くないし、私にとってかけがえのない財産だよ。だけど夢破れた時に何者でもない自分に何か見つけたくて、それでやりたかったことを叶えていくうちに見えてくるのかなって」
小さい頃からの夢が散り、大きな喪失感を抱えた奈々は、新たな道を見いだせずにいた。
体育教師も、スポーツに関わる職種の中で給与面などの安定を見据えて選んだのかもしれない。バレーボールの夢のレールの延長線上にまだ可能性がありそうな道を模索しているだけだと奈々自身も感じているのかもしれない。
だから青春ごっこか!とすぐに合点はいかなかったが、奈々は奈々なりに自分の存在意義を見出そうとしているように感じた。バレーボールから学んだことを糧に活かせる仕事でもいいが、それ以外での自分の興味や可能性を知ろうとしている。しかし、その方法が分からない。後悔はないが、もしやり直せるならという心残りを解消すること自分の心の内にある声を聞こうとしている。不器用な奈々らしい考えだと思った。
「そっか、奈々は奈々なりに考えているんだね」
奈々の頭に手を置きポンポンと優しく触れると、照れ臭そうに俯いた。
「うん。自分でも青春ごっこしようと言うなんて馬鹿げていないかと思われないかって心配だったんだけど、こうして付き合ってくれるタカ君には感謝しているよ。」
(馬鹿げているか……。何言いだすんだとは思ったけど、どんな反応するか心配はしていたんだ。最初の明るい能天気そうな調子はワザとだったのかもな。)
「良かった。なにか見つかるといいな。それならさ、青春っぽいこと以外でもこれから色んなこと経験していこうよ。そこから新しいことが見えてくれるかもしれないし。」
「本当!?いいの?」
「だって俺、33歳のおっさんだよ?青春時代の高校生より経済力はあるんだよ」
少しかっこつけて胸を張ると、奈々はいつものにこやかな笑顔に戻った。
「そうだった。タカ君かっこいい、ありがとう、大好き」
手を首に回し、抱きついてきた奈々を受け止めながら頭を撫でる。こうして俺たちの青春ごっこは、まだまだ続いていく。
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