おうちデート(前編)
世間はGW、大学生の奈々は、連休中も試験勉強に追われているらしい。怪我で断念せざるを得なかった実業団への道。それでもスポーツへの情熱を絶ち切れず、彼女は体育教師の免許取得を目指している。
(青春、青春と言っている奈々が体育教師……。)
学生たちと友達のようにキャッキャッと話している姿が頭に浮かんできた。けれど同時に、少しの懸念も頭をよぎる。親しみやすさ故に、教師としての威厳を損なうことにならないだろうか。奈々の選んだ道を応援したい気持ちは変わらないが、同等に見られ、時に馬鹿にされるようなことがないか少し心配になった。
俺も祝日に仕事の日もあったので、GWはどこかに出掛けたりせずに1日だけ家でゆっくり過ごすことにした。
「お邪魔します……」
控えめな声が静かな部屋に響く。一人暮らしの俺の部屋に、奈々は少し緊張した面持ちで足を踏み入れた。いつもはもっと明るくハキハキしているが、今日はどこかよそよそしい。
俺の家という空間のせいなのか、それとも他の理由があるのか、今はまだ分からなかった。
「どうぞ。適当に座ってゆっくりして」
そう言ってソファーを軽く叩く。奈々は少し間を置いてから隣に腰を下ろした。部屋にはテレビの音も音楽も流れていない。ただ、静かな空気が二人を包んでいた。落ち着かないのか奈々はずっと体育座りをしてじっとしている。
「奈々、どうかした?」
「ううん。なんでもない。あの、私、お兄ちゃん以外で男の人の部屋入るの初めてで……。」
奈々が、恥ずかしそうに先程よりも身体を丸めて小さな声で呟いた。
「そっか、それで少し緊張しているの?」
「……う、うん。」
口を尖らせて言う奈々は、いつも以上に幼く見えた。
「緊張しなくても大丈夫だから、自分の部屋だと思って楽にすればいいよ。」
「え、やだ!!!そんな姿見せられない」
「え?普段どんな姿してるの???」
「え……秘密」
先程より緊張が解けたみたいだが、普段の奈々は一体どんな姿で過ごしているのだろうか。テレビ見ながら横になり鼻ほじってるとか?気になって俺は少しだけ悶々とした。
「奈々はお兄ちゃんいるんだよね?ゲームとかやったことある?」
「うん!小さい頃はよくやって遊んでたよ!」
「じゃ、今日はゲームで勝負しようか?マリオカートやったことある?」
「うん、私得意だから負けないよ!!!」
最初は、手加減して何回か負けていたがそのうち本気を出して最後の一周でアイテムを大量に使い近道も駆使して圧勝をしていた。
「ああーーー!!またタカ君に抜かされた!!!ズルい!もうすっっごく悔しい。」
奈々はそう言って悔しそうにしているが満面の笑みで俺に微笑みかけてくる。来たばかりの控えめな奈々は姿を消して負けず嫌いで元気いっぱいのいつもの奈々に戻っていた。
「うーーなんか緊張してたからか喉渇いちゃった。」
グラスに麦茶を入れて出すと奈々はゴクゴクと音を立てて勢いよく一気に飲み干していた。
「いい飲みっぷりだねーそんなに緊張していたの?」
「だ、だって初めてのおうちだよ。しかも誰もいないんだよ、誰かいても緊張するけど……2人きりだよ?」
この言葉を聞いてやっと奈々の緊張具合を把握した。自分が高校生になったつもりで想像してみる。
☆
俺は16歳。初めて訪れた彼女の家。チャイムを鳴らすと彼女が笑顔で出迎えてくれたが、玄関には自分と彼女の靴以外は見当たらない。
「あ、今日は両親とも仕事でいなくて、夜寝るまで1人なの。」
俺の心の内を察したように聞く前に説明してくる彼女。
(えっ……)
「あ、だ、だから気にせずゆっくりくつろいでね。」
そう言って部屋に案内されてベッドサイドに座る彼女………
(え、え、ええーーーーー)
☆
「うわぁぁぁ!!!だめだ、くつろげない。」
「え?タカ君どうしたの?」
目の前にいる奈々が驚いて心配した顔で俺を見ている。奈々と青春ごっこをしていたせいか、高校時代の自分だったらと考える癖がついてしまっていた。
「あっはははははっ、タカ君そんな想像していたの?」
ケラケラと涙目になりながら笑う奈々。
「奈々がいつもと違うから心配してたら、そんなこと言うから奈々の気持ちになろうと思ってしたことだぞ!!」
カッコ悪い言い訳をする33歳の俺。
「あははははは、ひゃはは、タカ君やっぱり最高の彼氏だよ」
あんまり褒められている気がしないがフォローしているつもりだろう。
「俺は全然落ち着かなかったんだけど奈々はどんなこと考えていたの?」
「えっ……私??」
急に自分に話を振られて動揺している奈々を見て、先程思いっきり笑われた仕返しに少し意地悪に聞いてみる。
「今、誰もいない部屋で2人きりだよ?そして両親も帰ってこない。俺は一人暮らしでこの家に来るってことはいつでも2人きりになるってことなんだよ?」
ゲームに夢中になって体育座りからあぐらに変わっていた奈々の元へ身体を向けて顔を近づける。奈々は、身体を後ろに倒し床に手をついたもののキスを求めているのか目を瞑り顔だけは俺の方に近づけてくる。1メートルから50センチ、30センチへと少しずつ縮まっていき頬の毛穴まで見える距離になった。
パッチーン
「いったーーーい」
軽く触れる程度にしたので痛くはないはずだが、大袈裟に両手でおでこを押さえて痛がる素振りをする奈々。
「なんでこの場面でデコピンなの!??」
「え?じゃあこの場面は何が正解だったの?教えて」
「もう意地悪!!!!」
不服そうに睨めつけてきたが、涼しい顔をして聞いてみる。少しは大人の余裕を見せておきたい。一方で奈々は、拗ねて少し頬を膨らませ唇を尖らせており、小さな子どもみたいだ。
チュッ
わざと音を立てて尖らせた唇にキスをすると膨らんでいた頬は一気になくなり、タコのように唇を「う」の形にしていた。
「タカ君、悪戯したり急にキュンってさせたり意地悪。もう感情が乱されるーー」
普段、俺が思うことを口にするのが面白かった。青春やり直したいと突拍子もないことを言いだして、好きでもないクレープを食べたり、立ち漕ぎして自転車で競争したり、奈々といると大人になってからやらなくなったことばかり経験している。初めての家に入ることに緊張したことも忘れかけていた感情だった。
「イヤかな?俺は奈々といると楽しいよ?」
「イヤじゃない……。」
そう言って今度は奈々から唇を重ねてきた。誰か入ってこないか、そんなドキドキを合わせ持ちながらのキスは青春の1ページなのだろうか。
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