第二話
若き天才科学者。
クロがそう呼ばれていたのはもう十年以上前の話だった。とある事件をきっかけにクロは科学者として表に出ることを辞め、研究も一切しなくなった。
そこまで考えてシロはギリっと唇を噛んだ。
クロの科学者としての道を断ったのは間違いなく自分なのだから。
クロの最後の研究成果。それはシロだった。
人間兵器としてシロを開発する実験及び研究にクロも携わっていた。だが、クロはそれを激しく後悔し、シロを研究施設から逃がして研究資料を全て持ち出し、処分した。
「・・・クソが」
シロは隣にいるクロにすら聞こえるか聞こえないほどの、小さな声でそう言った。依頼人と話しているクロには当然その声は届かなかった。
「長い時間すみませんでした。では、本日はこれで失礼します」
一時間と少しの依頼人との話し合いを終え、クロが立ち上がる。
玄関先まで送ると言う奥さんの申し出を二人は断り、外に出た。
「帰るぞ」
シロはぶっきらぼうにそう言うと、クロに背を向けて歩き出した。その背を小走りで追いかけるクロ。
「何を怒ってるんだい?」
「怒ってねぇ」
その言葉はある意味事実だった。
シロは怒っているのではなく、殺したいほど憎んでいるのだ。自分自身を。
「ねぇ、シロ」
クロがそう声を掛けるのと全く同じタイミングでシロは歩みを止めた。
「お前も気付いたか」
「「囲まれた」」
閑静な住宅街に、自分たちを取り囲む異常な気配を感じた二人。
「最近は狙われるようなことした覚えねぇぞ」
「最近は、ね。はい」
クロがそう言うと、シロの頭上から見覚えのある刀が落ちてきた。
「サンキュ」
そう言いながら鞘を左手で掴み、右手で勢いよく刀を鞘から引き抜いた。
そしてシロは素早くクロの後ろに回り、背中合わせの状態になった。
「どうする」
「何がだい?」
その間にクロも銀色に光るオートマチック式のハンドガンを構えた。
「ここで殺り合うわけにはいかねぇだろ」
静寂を切り裂くように、どこからともなく現れたのは黒いローブを着た十近い人影。顔はよく見えないが放つまるで獣の様な気配は敵が只者ではないことを明確に示していた。
「どうしようねぇ」
ここは閑静な住宅街。平日の昼間の為人通りはないが、こんなとこで戦えば一般人を巻き込んでしまう可能性だってある。
「どうやら移動させてくれる気はねぇらしいぞ」
影たちも臨戦態勢に入る。空気がビリビリと震える。
「同類の匂いがするね」
シロはそれには答えず、「タイミング見てどっかに移動させろ。ここじゃ俺も本気出せねぇ」とだけ言った。
最初に痺れを切らして動いたのは影の一人だった。
ゆらりと近付いてくるその身のこなしはどう考えても戦いに慣れた人間のものだった。
「早ぇ…!」
その影は迷うことなくクロに向かって行った。それに気付いたシロは素早く体を回転させ、クロの前に出た。
そのコンマ数秒後、鳴ったのは重たい金属音。
それは、最初に動き出した影の投げた苦無をシロが刀で弾いた音だった。
「ぐっ…!」
「シロ!」
「よそ見すんな!」
一瞬。クロが影から目を離し、シロを案じてしまった。
影はその隙を見逃さなかった。
「場所がどうのこうのとか言ってられねぇな」
クロに迫る影たち。恐らくクロの反撃は間に合わない。
だが、シロの表情にはなぜか余裕が浮かんでいた。
その刹那。シロの足元から一筋の氷が走った。
その氷はシロの脚をも巻き込み、唸りを上げながら瞬時に影たちの足元に到達したかと思えば、それは瞬く間に尖った氷柱となり、影たちの腹部を貫いた。
「シロ…!」
だが、影たちはまだ動こうとした。それはまるで、意思なく動かされる人形のようだった。
「そういうことかよ」
シロは何かに気づくと、更に異能の出力を高めた。
「そこまでだ!」
すると突然、そんな声が響き、シロの後頭部にひとりでに固いものが当てられた。
「やっぱりあんたかよ。これはどういうことだ、説明しろ」
シロは自身の頭に銃口を突きつけられていることも、その銃が浮いていることも気にせず刀を下ろしそう言った。
するとその声を上げた人物はゆっくりとシロに近付いて行った。
「君が悪いんだよ。ここ最近、君は私を…いや、私たちを避けているだろう」
そう言うとその人物はシロの頭に突きつけられていた銃を握り、下ろした。
「当たり前だろうが、テメェらのことが俺は大嫌いだ。おめぇのこのやり方もな」
「やり方?異能を使ったことかい?」
この人物の名は桜庭誠司。異能管理省副大臣の人物であり、銃火器の操作の異能力の持ち主である。
「違ぇよ!!!」
シロは勢いよく振り向くと桜庭の胸ぐらを雑に掴んだ。
「私には君が何に対して怒っているのかわからない」
「わからねぇなら教えてやるよ、なんなんだよこいつら。テメェら、俺を再現しようとしたのか!!!」
シロの再現─────
クロの脳裏にはかつての記憶が蘇った。
自分の罪。過去。国家主導の極秘プロジェクト。異能力を持った兵器の開発。実験と研究の日々。
「生きた人間を使えば素体は完璧だよなぁ!!あとはどうやって記憶や感情を消すかだ!!」