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エピローグ


エピローグ.



 お風呂から上がると、俺は晩御飯の準備をし始めた。冷凍庫に保存していたタコライスの具を取り出して解凍する。大量に作り置き出来て、且つ意外と飽きがこないので重宝しているのだ。レンジにかけている間に、今日買ってきたシシトウとベーコンを包丁で適当にざく切りしてからオリーブオイルで炒め、塩とブラックペッパーで味付けて簡単な野菜炒めを作った。

 今ユリさんの身体は流し台や冷蔵庫に手が届かないので、手伝えることは殆どない。カーペットの上にちょこんと正座をしてテレビの画面でYouTubeを起動して見ていた。俺が入浴している間にも身体の再構築は徐々に進んでいたみたいで、三頭身の人型は、先ほどよりも発酵途中のパン生地のように膨らみ出していた。上半身には少しずつ、真っ白いセーラー服の襟とか胸ポケットとかの意匠が浮かび上がり始めている。

 しかし、あれはなんだろう。傍からよくよく見てみると、股間辺りに、縦方向に割れ目みたいなのが走ってる気がする……。まさか、下着まで全部脱いだ素っ裸の状態でセーラー服を着ていたわけじゃあるまいし。もしかしたら練りが不十分だったせいで、よりにもよってあんなところにヒビ割れが起きてしまったのかもしれない。ちゃんと全体にムラがないように仕上げたはずなんだけどなぁ。まだまだ俺の工程には改善の余地があるということなのだろうか。


 盛り付け終わった料理を卓袱台に並べたのち、冷蔵庫からキンキンに冷えたビールの125ml缶を二本取り出してくる。

 俺は結局学生時代から現在に至るまで酒に弱いままだった。飲むこと自体は好きなので、長年色々試してきた結果、このサイズのビールを一本だけクイっと飲んでしまうのが一番丁度良いという結論に達した。一方ユリさんはというと、普段は結構な大酒飲みで、冷蔵庫内の一区画には彼女のお酒を備蓄するための専用スペースが設けられていた。ただ、今日みたく変身して身体が小さくなっている時はアルコールの回りが早いらしく、俺と同じく125ml缶だけで済ませることが多い。これ、ずっと変身しとけばお得なのでは?

 卓袱台にビール二本を持っていき、そのうちの一本を開栓してから、向かい側に既に着座していたユリさんの前に置いてやる。なんか、お地蔵さんにお供えしてるみたいになってるな。

「ありがと」

「ん」

 ユリさんが自分用のストローを缶に差して、ようやく準備万端。

 手を合わせて「いただきます」してから食べ始める。お地蔵さんに手を合わせているわけではない。

 シシトウの炒め物を一口二口頬張ってから、ビールを喉に流し込む。

 うーん!コレでよコレ!このために生きてまんねん。

 ユリさんもビールをチュルチュル啜りながら、スプーンとフォークを使い器用に料理を口に運んでいた。

 その仕草がいじらしくて、ちょっかいを出したくなって小口を挟む。


「ちょっとセクハラなこと言ってもいいですか?」

「えー、ダメ」

「ユリさん、すごく可愛い」

 料理を口に運ぶ彼女の手がピタリと止まる。一瞬だけ、紙粘土の白い顔に朱色が差したように見えた。

 黙りこくると本物の人形みたいに見えてしまうんだよなぁ。

「……この姿の時に言われても、嬉しくない」

 不本意だ、という表情がツンツルテンの顔ごしでもよく分かった。ムスッとした声色でそう言うと、何もなかったかのように食事を再開する。

 語弊のないよう補足しておくと、普段のユリさんよりも今の粘土人形の姿になったユリさんの方が可愛い、というような意味で言ったわけではない。それはユリさんの方でも分かってるはず。

 勿論いつものユリさんだって、可愛いに決まってる。ただ、一緒に暮らすほどの親密な仲になってみると、どうしても照れ臭くなって、ストレートな褒め言葉を口にするのを躊躇してしまうことが増えてしまった。

 しかし、今のように人形の姿に変身したユリさんを目の前にすると、そういういつもは誤魔化してしまうような気持ちでも、不思議と素直に言葉にできてしまうのだ。

 謂わば、ユリさんのこの人形の身体が、俺とユリさんとの間の、媒介としての役割を果たしているみたいだった。


 そうそう、そういえば忘れてはいけないものがある。俺は一度箸を皿の上に置いて席を立つと、玄関に置いていたカゴの片隅で出番をずっと待っていたソレを、背中に隠しながら持ってくる。

 そして、キョトンとした表情のユリさんの胸元、再構築された胸ポケットの穴にそっと差し入れる。


「お誕生日、おめでとう」

 生まれてきてくれて、ありがとう。

 ユリさんの真っ白な身体に、鮮やかな赤色がよく映える。

「もう少ししたら、もっとちゃんとしたプレゼントを準備するから。今日はこれでご勘弁を……。

 えーと、その……好きです」

 ポカンとしたままの両目と口は一見本物の土人形みたいに固まっているけれど、その内側で何か表情が動いていることが分かる。


 やがてユリさんの顔が再び動き出す。両目が細くなって、口元に皺が寄って、微笑みの形が現れた。

 二人の間の回路、その末端部分の結線が埋まる。


「……ありがとう、昭一君。

 私も……好きです」


 こんなぶきっちょな姿だけれど、一筆書きで描いたような笑顔だけれど。

 ユリさんは、確かにここに生きていた。

 それを見ながら、俺の胸が抱えていたこの感情は、いつの間にか“恋”という名前すら飛び越してしまっていたことに気づく。


「エヘヘ……告っちゃった」


 彼女のその言葉に、俺の胸中、心の鐘が鳴り響く。

 その音色は、あの中学三年生の夏、プレハブ校舎に鳴り響いたチャイムのそれによく似ていた。



作者は電気関係についてはズブの素人ですので、誤った内容が含まれる可能性が高いです。ご容赦願います。


参考資料

カフカ(訳:川島隆,2022).変身,角川文庫

カフカ(訳:高橋義孝,1952).変身,新潮文庫

岸野和矢(2003).基礎から楽しく学べる はじめての陶芸入門,主婦の友社


歌詞の引用元

スピッツ(1994).不死身のビーナス

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