【番外】割りといつも通り
「ただいまー…………」
二人で同居するようになってから、もはやお約束となりつつある光景だった。
俺が家に帰ると、玄関から続く廊下の先にある扉のすりガラス越しに居間に煌々と照明が灯っているのが見えるのだが、その中から生活音などは一切聞こえず、室内はシンと静まりかえっている。
大体こういう時というのは、同居人であるユリさんが変なことをしている最中に俺が帰ってきたのに気づいて慌てて何かの物に擬態しているか、あるいはそう見せかけて居間に入ってきた俺を驚かそうと待ち受けているか、そのどっちかに決まっている。
そして、今回はおそらく後者だろう。その根拠は、今日が12月24日……クリスマス・イブだからだ。
年の瀬も近くなり、今月は二人ともいつも以上に仕事が忙しい。特に俺は年末年始に現場が閉まってしまうこともありスケジュールが前倒しがちで、ここ数日はずっとバタバタしていた。
クリスマス特有のロマンティックな気分に自分たちも浸りたいのは山々なのだが、現実には一緒にご飯を食べられれば御の字という感じだ。安くなったケーキをどっちかが見つけて買ってきて、それを食べたりすることもよくある。
運の良いことに今年はイブの夜を一緒に過ごせるということになり、なるべく早く退勤したかったのだが、この時期は急遽舞い込んでくる雑事も多い。結局自宅マンションに帰り着いた頃にはすっかり夜が更けて、外は真っ暗になっていた。車の中はエアコンをつけてもなお寒く、息が白かった。出先で仕事をすることが多い身としては、ホワイト・クリスマスにならない方が有難い……というのが本音だったりする。
通りかかったコンビニエンス・ストアで二人分のフライドチキンを買って帰ることにした。晩飯はこれと、冷凍庫に余っている何かを解凍して食べよう。イブなのでケーキはまだ安くなってない。
普段は節約のため、コンビニを使うことはあまりないのだが、やっぱり近くにあると忙しい時期にはありがたい。
──というわけで、チキンの入った生温かいビニル袋と仕事用鞄を提げて玄関をくぐり、靴を脱ぎながら『またユリさんが何か変なことやってるな……』と思いつ、居間の方に目線を向けていた。
おかしなもので、こういう状況には俺ももういい加減慣れっこになってしまっている。スリッパに履き替えて『中入るよ〜』と一言断りを入れ、居間の扉を開ける。廊下の時点で既に空調がよく効いていて、外気温との差で背中がだんだん痒くなってきた。
さて、居間のど真ん中には、一辺1.5mほどの大きさの箱が、こちらに正面を向けて鎮座していた。
全体が赤色の布生地で構成されていて、上面と底面に白い縁取りがついている、という配色である。
布生地はほぼポリエステルに多少の綿が混紡されているかされてないかくらいのサラッとした材質で、色合いも含めて、中学校の頃の学校指定の運動用ジャージの生地によく似ている気がする。当時の体操服は、ジャージとその下に着る丸首とで配色デザインが対になっていたのだ。ジャージの方は全体が赤い生地で所々に白いラインが入っていて、丸首の方は全体が白い生地で赤い縁取りがついている、というような具合で。
その推測を裏付けるように、その箱の正面、こちらに向いたおもて面の中央付近には、中学校の頃の体操服の胸元に縫い付けられていた名札が縫い付けられているのだった。その表面には『2年7組 ユリ』と、同居人であるユリさんの当時の学級名と名前が黒い太文字で記されていた。その向かって右上、ジャージで言えば左胸に当たるところ、校章マークの白い刺繍が小さく施されている。
これはどう考えても、ユリさんが自身の身体に宿っている変身能力を使って変身した姿に違いない。
多分、着るものがなくなって荷物入れの中身を漁っている時に、中学時代のこのジャージを見つけたんだろうな……。
以前にも、ユリさんが身体を箱型に変形させ、ビックリ箱に変身して俺を待ち伏せしていたことがあった。あの時は同じく中学時代の丸首体操服をベースに変身していたため、白色の全体像に赤い縁取りがついているという、目の前のこの箱とは逆の配色だった。クリスマスカラーを意識して、今回はジャージの方を使ったのだろう。
てっきりその時と同じように俺を驚かせようとしているのかと思って身構えていると、箱の中のユリさんも俺が部屋に入ってきたことに気づいたようで、中からモソモソと身動きを取る音が聞こえてきた。今回はサプライズという感じではなさそうだ。
まもなく、名札のすぐ下辺りを境に箱が上下真っ二つにパカっと割れ、垂直方向にゆっくり開いていく。
日曜日の夕方に放送されている某国民的アニメのオープニングで踊っている猫みたく、箱の上半分を長手袋をつけた両腕で支えて持ち上げながら、箱の中から照れ笑いを浮かべたユリさんが姿を現した。その肢体は、白色に赤い縁取りのついた丈の短いワンピースタイプのベアトップドレスと、長手袋に長靴下の衣装に包まれている。
「め……メリークリスマ〜ス! なんてね……」
明るい声色を作ろうとしているけれども、言葉尻に恥じらいが見え隠れしてしまっていた。
胸元から太ももの半分ぐらいまでを覆うスベスベとしたドレスの純白色の布地越しに、所々ユリさんの身体のライン、フニフニとした柔肌の質感が浮かび上がっている。そのドレスの生地で覆われていないところ……ユリさんの丸っこい肩周りやデコルテ、胸の谷間、太ももの半分ほどは大胆に露出していて、彼女の色白な素肌が照明の光を反射して艶めいている。その素肌と純白のドレスのちょうど境目、ベアトップの胸周りと裾周りを一周する形でリブ状の赤い縁取りが施されていて、そのアクセントがユリさんの細やかな肌理をより効果的に強調しているように見える。
その胸周りの赤い縁取りのすぐ下、今彼女が持ち上げている箱についているものや中学校の頃の体操服の胸元についていたものと同様の、化学樹脂製の大きな白い名札が胸の下半球を覆うように縫い付けられていて、これにもやはり同様の『2年7組 ユリ』という黒い太文字が記されている。その名札の右上、彼女の左胸にはやはり体操服と同じ赤い校章マークが小さくプリントされている。
このドレスが、元はと言えばユリさんが中学生当時に使っていた丸首体操服であり、彼女の能力によって変化させられ再構成されたものであることは明らかだった。ポリエステルと綿が混紡されたような生地感からしてもそれがよく分かる。
ただユリさんの体型は、バストなどは特に当時と比べてかなり大きくなっており、この少し硬めな名札の生地ごと、その大きなお胸の膨らみがドレスの全体像の中でふっくらとした曲線を特徴づけている。特に、その名札の両サイドとか下のところとか、ユリさんの胸の形に沿って丸みを帯びた白い生地の表面が、肉圧によって突っ張った上で光の当たり加減もあいまって、表面に少し照った感じの光沢が浮かんでいるのが、なんだか見ていて艶っぽい。
ドレスを着こんだ胴体から両腕両脚に目を移すと、こちらもそれぞれドレスと同じ生地感の、スベスベした白い布地に赤いリブの縁がついた長手袋と長靴下に包まれている。両腕は上腕の半分くらいから指先まで、両脚は膝上から足先まで、布地がぴったりと貼りつくように覆っている。多分、ベアトップタイプの露出の多さがあとから気になって手袋と靴下も追加したんだろうけど、それによって素肌の部分がかえって強調されてる感じがして、見ていてドキッとしてしまう。
あと何気に、箱を両腕で持ち上げていることでユリさんの両腋が丸見えになっている。そういえばユリさんの腋をあまりまじまじ見たこともなかったので、新鮮な感じがする。
そして、ここまで凝った衣装を用意したにも関わらず、例えばサンタさんみたいな赤白の帽子を被ったり、ヘアメイクをしたりなどはしておらず、地毛で赤みがかったセミショートの髪をサラリと下ろしたいつも通りの髪型のままにしている。それが、徹底された非現実の中にポツンと取り残された隙のように感じられて、なんだか逆にグッとくる。言い方はあれだけど、なんかこの方がコスプレ感がより強調される気がする。
というわけで、一言で表すならば、今のユリさんは超絶に可愛い格好をしているのだった。
うちの彼女可愛すぎるだろ。最高かよ。
勝ち負けばかりを追うことは不毛だけれど、今日だけはあえて言わせてもらおう。今年のクリスマス、ユリさんが優勝です。
褒めれば褒めるほどユリさんの顔はカーッと赤くなるが、箱を両手で持ち上げているせいで表情を隠せないでいる。それ、もうそろそろ床におろしてもいいじゃない?
本当は恥ずかしかったんだけど、頑張ってみてよかった……みたいなことをポショポショと呟いている。
いやぁ、この姿を見せてもらえて、俺も本当嬉しい。あと、いつもやってるような人型の原形すら残ってない変な格好の方がよっぽど恥ずかしいのでは……という疑問は思うだけで口にしないでおく。
ちなみに、ユリさんがこんな姿で俺を出迎えるに至った過程については、なんとなーく察しがついている。一緒に暮らしているうちに、彼女の思考パターンみたいなものが大体分かるようになってしまったんだな。
大方、今日の夕方ぐらいに『ヤバい! 昭一君へのクリスマスプレゼント用意するの忘れてた!』と気づいて焦って、苦肉の策で赤色と白色が含まれていてクリスマスカラーに無理矢理こじつけられそうな中学時代のジャージと体操服を使い急拵えでこの姿に変身して待ち伏せ、先手を取ろうとした……といったところだろう。
この間の俺の誕生日、ビックリ箱に変身して『プレゼントはわ・た・し♡』とかなんとかいって勢いで乗り切った時の成功に味を占め、あの時と同じ手口で今回も押し通そうとか思っているのだろう。
頭にサンタ帽とかを被らずにいつもの髪型のままなのも、おそらく準備に時間がかけられず、そこまで気が回らなかったせいだろう。
まぁでも俺からすると、そういう細かいことは本当は瑣末なことだった。
そもそも、ユリさんとともに時を過ごせていること自体、望外にも程がある。毎日毎日、ユリさんという人間の形のプレゼントを貰い続けているような感覚だ。
その上で、さらに何か特別なものを用意しようと努力してくれて、実際こうして自分なりに具体的な形にして俺に届けてくれて、それが嬉しくないわけがない。
考えようによっては、クリスマスなどをはじめとしたイベントや祝祭日、区切りというのは自分たちとは関係のない他人が勝手に設定して押し付けてくるものだという側面もあるとは思う。
ただ、様々な時を積み重ねてきた結果、少なくとも今、俺とユリさんにとってこのクリスマスはささやかではあるけれどもたしかに特別な日になったという感触があった。
卓袱台の向かい側の彼女の、シャンパンの肴として口いっぱいに頬張ったチキンの脂分でしっとり艶めいた唇と、自然に綻ばせた表情と、デコルテを伝う一滴の汗に視線を吸い寄せられながら、そんなことを考えていた。




